ヒトナツA-8
デジャヴ?
「……桜さん、これ」
ものの数秒で桜さんは顔を離す。
「……わたしは、お嬢様なんて思われたくないんです」
潤んだ瞳で彼女はそう言った。
なるほど、さっきの悲しそうな顔はそういうことだったのか。
それにしても、今のキスは事故ではない気がする。
どう考えても、揺れに便乗したように見えた。
「……すいません」
「……いいんです、わかってもらえれば」
彼女は顔を赤らめて笑った。
ドクン
胸がふいに熱くなる。
俺だって、キスしたい。
こんな不意打ちばかりの人生はごめんです。
「……っ」
「……ん!」
俺は桜さんを抱き寄せ、キスをした。
思ったよりうまくできた。
これでヘタレも卒業か?
まあただ単に己の欲に従っただけだが。
ゆっくり顔を離す。
「……」
「……あ、ごめんなさい」
やっぱり謝ってしまう。
桜さんは、しばし困った顔をしていたが、小さく笑った。
「いえ、嬉しかったです」
『っしゃああああああ!!』
心の中で叫んだ。
「じゃっ、じゃあもう一回!!」
俺は欲張りだ。
しかし、桜さんは苦笑いする。
やばい、さすがに退かれたか。
「……あの、もう地上ですよ」
「……!」
すでに係員がドアを開けてくれていた。
なんてこったい。
これは恥ずかしい。恥ずかし過ぎる。
***
遊園地から駅までの道乗りでは、俺はひたすら謝っていた。
「すいません!すいません!」
「……もういいです」
「いや、でも!」
「わたしは気にしてません。それに、そろそろ敬語もさん付けもやめてください」
桜さんは申し訳なさそうにクスリと笑って言った。
「……へ」
「あなたはわたしの“彼氏”なんですから」
「……」
やべー、ぶっ飛んじゃいそう。
オーバーヒートして固まってしまった俺の腕を引っ張る桜さん。
「行きますよ、健吾さん」
「え?桜さ、桜は敬語?しかも、さん付けになってるし」
「わたしはこのほうが性に合っていますし、さん付けのほうがなんだか特別な感じがするではないですか」
たしかに、特別=婚約者=旦那にはさん付けの場合が多い。
「はは、じゃあ行こうか、桜」
「はい、健吾さん」
二人並んで帰路につく。
手と手は固く握られていて、俺はとても幸せだった。
桜さんもそう思ってくれているかな。