十八の冬〜カガミヅキ-3
――必ず、迎えに行くから。
俺は走っていた。二人で話したあの海へと続く階段に。
口に入る冷たい息が気道を狭める。息苦しさに耐えながら、必死に走った。
あいつは気づいていないだろう。
だから、俺から言わなくちゃ。
階段に着いた時にはすっかり息もあがっていた。たかだか百メートルやら二百メートルで苦しむ自分を叱咤しながら、俺は真理を探す。
波打ち際に誰かの影が揺れるのが見えた。
駆け降りる。
影はこちらに気付くと、その揺れを止めた。
「っは、はぁっ!はぁっ……よおっ…」
『……走ってきたの?そんなに急がなくてもよかったのに』
彼女は薄く微笑んで、俺の息が整うのを待つ。十秒程で息は大分落ち着いた。
『久しぶり』
「あぁ。久しぶり」
真理は何も言わずに波打ち際を歩き始める。俺もそれに従い少し後ろを歩く。
『懐かしい。なにもかも』
「みんなには会ってきたのか?」
『ううん。止めておいた』
「そっ……か」
会話が止み、歩きながら空を見上げる。澄んだ空気は空を鮮やかに見せてくれていた。
お互いに無言の状態が続く。月は蒼く、低く、そして大きくその姿を俺たちに見せている。
『鏡月……移るかな』
「懐かしいなぁ。言ってたな、そんなの」
俺たちの街のガキどもなら誰でも知っている噂話。
月の光が水面に映るのを、俺たちはカガミヅキって言ってた。
よく晴れて波が立たず、月が強く輝いた時に反射する光は、まるで海の中に光る巨大な生物がいるように錯覚する。
誰が作った噂かは知らないが、綺麗な鏡月を見られた男女は幸せになる……だなんて陳腐なことを俺たちも信じていた。