マリンブルーはいかが-1
…――「あのさ、夏休みがとれたら、どこか海にでもいかないか?」
「ごめん、私、泳げないから無理」――…
まだ、俺達二人が付き合い始めて間もない頃の事だ。
俺が、海やプールへ誘う度に「私、泳げないから」と彼女はいつも気まずそうに断っていた。
しかし実は、それは嘘で、本当は水着姿を見られるのが恥ずかしかっただけなのだと知ったのは極最近、二人が一緒に暮らす様になってからの事だ。
これは先日、夏休みの計画を話しあっていた最中に、彼女が自らそっと打ち明けてくれた事で、そんな事がきっかけになって、俺達は今週末に初めて二人で海に出掛ける事に……
なっていたのだが。
「まさか、こんなオチが待っていたとはね」
早々と起きた土曜日の朝、テレビの中の海沿いの天気図は全て傘で埋まり、レポーターは無情にも台風の来襲を告げていた。
「あーあ、残念ねぇ」
困った様に、しかしどこかホッとした面持ちで彼女もまた、俺の隣で朝食のトーストをつまみながらテレビに目をやる。
「全く、俺はさ? ガキの頃からいつもこうなんだよ! 遠足とか楽しみにしてると、いつもこうなるんだ!」
「ほらほら、いい大人がグズらないの!」
顔をしかめっぱなしの俺を横目に、たしなめる様に言いながら、彼女は少しだけ何かを考える素振りを見せる。
そして
「そうだ、いいモノがあるわ」
と言い置くと、勢いよくリビングを後に、浴室の方へスリッパの音を走らせ、忙しく何やら支度を始めた。
やがて、数分後。
「ねえ、ちょっと来てみて?」
浴室から、声のみで俺を呼ぶ。
「おいおい、一体なんなんだ?」
仕方なく立ち上がり向かったその先には、エプロン姿に腕捲りでニヤニヤと得意気に笑う彼女と、青く透明なお湯が並々と張られた浴槽が待ち受けていた。
「何これ?」
「新聞屋さんにね、マリンブルーの素ってのを貰ったのよ!ほら、気分は南国のビーチ!」
全く、何を言い出すかと思えば。
呆れながらふと、差し出された彼女の指先に摘まれた小袋に目をやると、真っ青な海と椰子の木の絵柄に『手軽に南国のビーチ気分』と派手な蛍光色の文字が躍っている。
ビーチねぇ……
「ほらほら、辛気臭い顔してないで、南国のビーチで今日の予定でも立ててきなさいよねっ!」
やれやれ、随分と熱そうな青い海だ。
だが、よくよく考えると、折角の休日なのだから、のんびりと朝風呂に興じるのも悪くはない。
それに、ここはひとつ、彼女の言う通りに何か別の予定を考えてみようかとも思う。