結界対者 第三章-10
「まあ、残念ながら今は違うがね」
ニヤリと笑いながら歩み寄り、更に続ける。
そんな樋山の全てに戸惑いながら、思わず俺はゴクリと喉を鳴らしてしまう。
だって、そうだろ?
俺は初め、昨日のゴロツキ共を痛めつけた仕返しに、その上役か何かが現れたのだと思ったんだ。
それが、どうだ?
何故か、その男は、間宮と知り合いらしくて、俺の素性も或程度把握してるらしい上に、その挙げ句に自分は対者だったと言いやがる。
「何が何だか、さっぱりだぜ? アンタ……」
「驚くのも無理はない。こちらも栞さんが亡くなり、君が後を継いだ事を知った時は、それなりに驚いたからね」
「……?」
「失礼、ここに来る前に君の事を調べさせてもらったよ。
昨日、うちの若いモン…… いや、スタッフが、妙なヤラれ方をして帰って来たという話を聞いてからね?
まさかとは思ったが…… フフッ」
スタッフ? あのゴロツキ共の、どこがスタッフだって言うんだ?
しかも、何の為の?
怪訝な面持ちを隠せない俺とは裏腹に、樋山は微笑みながら、いかにも余裕を気取った素振りを見せつつ、煙草をポケットから取り出すと、軽い手付きでそれに火を灯した。
そして煙を一呑、静かにそれを吐き出しながら
「実はね、今日此処に来たのは、君に伝えたい事があったからなのさ?」
「伝えたい事?」
「ああ、明日、南町に『楽箱』というアミューズメントパークが出来るのを知っているかい?」
たしか、駅前で、そんなポスターを見掛けた気がした。
だから
「ああ、あのゲーセンか」
と、頷いて見せる。
しかし、樋山はそれが気に入らなかったらしく「アミューズメントパークだ」と顔を僅かにしかめながら言い直した後、再び煙草を短く呑み、
「実は、アソコはウチの仕事でね? 柊君、君を、そこのオープニングイベントに招待したいんだ」
と煙とともに言葉を吐いた。
「オープニング…… イベント?」
「そう、それを見て、もし私に賛同してくれるのならば……
柊君、君にも、私の計画を手伝って欲しいと思っている」
「計画?」
「そうだ。この計画の成功はね、柊君、君の愛しき平凡なる日常を取り戻す事も可能にするのだよ?」
「愛しき……? 平凡……?」
「要するに、結界だの、対者だのに縛られず、普通に生きて行けるという事さ」
どういう事だ!?
固まる俺を、樋山の鋭い視線が貫く。
それは、これまでニヤついていた、その華奢な栗髪の男のものとは思えない鋭さで、俺に息を飲む隙すら与えない。
「私はね、この街に存在する結界こそが、災いの現況であると考えいる。
考えてもみたまえ、この街に存在する四つの結界は、その昔に人々を災いから救う力であったと言うが、今はどうだ?」
「今…… ?」
「その帯たる強大な霊力は忌者を呼び寄せ、常日頃から街を危険に晒し続けている。
そして、それらの危険から街を守る為に我々対者が存在する訳だが……
私はね、気付いてしまったのだよ。
我々は、災いの元凶を守っているだけの、単なる道化の様な存在であるという事にね」