刃に心《第26話・宴の後に》-6
「…希早紀、酒の経験は?」
恐る恐る武慶が問い掛けた。
「ん〜ん、全然。全くの初心者。けど、二人に負けないように精一杯頑張るつもりです!」
やる気に満ち溢れた顔。そこに一片の曇りも無い。
「き、希早紀…いきなり大量のアルコールを摂取すると急性アルコール中毒っていう、それはそれは恐ろしいことに…」
「でも、そうなりそうだったら、しぃ君が止めてくれるんだよね♪」
にっこりと清々しい笑み。
その笑顔の眩さに武慶は最早何も言えない。
「それではスタート!」
三人は缶の中身を一気に煽った。
かくして熱き戦いの火蓋が切って落とされたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
宴会場で飲み比べが行われている頃、隣の部屋には千夜子の姿があった。
「あ、あの…アタシも疾風のことが好きで…でも、ライバルが多くて…それで、何かいいアドバイスを貰えたら…なんて」
恥ずかしさと不安から、千夜子はもじもじと指先を弄る。
「ふむ。自分は疾風と結構仲ええやろ?」
「まあ…」
「そんで、聞くところによると自分、料理が上手いらしいな」
「上手と言うか…好きと言うか…」
「ついでに、テンションとかその場のノリで、疾風と手ェ繋ぐこととかもできるやろ?」
「…はい」
頬を赤らめて首肯する。
「…拙いなァ」
しかし、七乃丞は表情を曇らせた。
「えっ…?そ、それはダメなんですか?」
「近すぎるんや」
そう言って七乃丞はグラスにビールを注いだ。
「仲良し結構。せやけど、近すぎる異性は異性として見られ難いんや。姉妹みたいにな。
自分は年上、何やかんやゆーても面倒見がええ、おまけに料理上手ときとる。
謂わば自分は疾風の姉ちゃんや。姉妹は女であって女やない。この場合、義理は除くで。あれは姉妹にして女という極めて特殊な…て、話が逸れたな。
とにかく、このポジションのままやと、振り向かせるのは難しい。
一つ屋根の下に暮らしとる許嫁ちゃんの方がまだ意識されとるで」
喋って乾燥した喉を潤すように、七乃丞は注いだビールに口を付ける。
「そ、そんな…」
千夜子がふらつきながら呟いた。
「じ、じゃあアタシはこれからどうすればいいんですか!?も、もう手遅れなんですか!?」
「まあ落ち着き。何も自分は嫌われとるわけやない。ただ疾風からの愛情の方向性がちゃうんや」
飲み干したグラスを机に置く。
「つまり…?」
「もっと女らしさを見せたて、感情を親愛から恋愛変えたればええんや。
元々、自分はベクトルの向きがちゃうだけで、大きさは十分やからな」
「た、例えば?」
「そうやなァ…」
七乃丞は天井を仰いだ。それを千夜子はすがるような目で見つめる。
その視線に気付き、七乃丞は口元をにぃ〜っと、妖しく歪めた。