刃に心《第26話・宴の後に》-12
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虚空に向かって怒声を浴びせてから数分後、疾風とお姫様抱っこ状態の楓は棕櫚の間の前に着いていた。
両手が塞がっているので、行儀は悪いが仕方なく足で横開きの扉を開けた。
部屋中には二組の布団。一方には先程、希早紀を寝かしておいたのだが、いつの間にやら布団から転がり出て、今は部屋の隅で一人ツイスターをしている。
「…寝相悪すぎ」
思わずそう呟いてしまう程である。
「とにかく、楓を寝かせて…」
ゆっくりと楓を布団へと降ろす。完全に楓の身体が付いたのを確認して、疾風はするりと腕を離した。そして、掛け布団を被せると静かに立ち去ろうとする。
「…ん?」
立ち去ろうとして、疾風は袖口に違和感を感じた。何かが引っ張っている。
それは楓の白い右手だった。
「…ったく、変なところで子供っぽいんだから」
振り払うこともできなくはない。
しかし、疾風は苦笑いを浮かべただけで、未だ自分の袖口を握って離そうとしない楓の隣に座った。
「でも、どうしたもんかな…いつまでもこうしてる訳にもいかないし、女の子の部屋だし、七兄に見つかったら何言われるか判んないし…」
軽く腕を動かしてみる。だが、楓はその程度では離そうとしない。それどころか、より一層しっかりと袖口を握る。
「判ったよ。もう少し此処にいるよ」
そう言うと、心なしか楓が嬉しそうに微笑んで見えた。
無意識のうちに指が楓の髪に触れていた。さらさらと流れる黒髪。
「…本当に気持ち良さそうに寝てるな」
「そうですねぇ♪」
独り言に合いの手が入る。
ギョッとして隣を見れば、そこには朧の姿があった。
「せ、先輩!?い、いつの間に…ムグッ!」
狼狽える疾風の口を手で覆いながら、朧は悪戯っぽく笑う。
「しー…ですよ♪楓さんや希早紀さんが起きちゃいます」
「…判りました。で、先輩が何で此処に?」
覆っていた朧の手が離れ、自由を取り戻した口で問い掛けた。
「疾風さんの泊まる杜若の間に行ったら、疾風さんがいなかったので、でしたら此処かなと思って来ましたら、見事に当たりという訳でして♪」
「はあ。それで俺に何か用だったんですか?」
「用事の内容は食事の時に言ったはずですよ…今夜、疾風さんのところに夜這いしに行きますって」
そう言うやいなや、朧は疾風に飛び付くようにして、その身体を押し倒した。