Miracle・Propose-1
夕暮れ時の公園。
中央のグラウンドでは中学生ぐらいの子どもがサッカーをして遊んでおり、ブランコや鉄棒の遊具でも、小学生が元気に遊んでいる。
俺が座っているベンチの隣のベンチでは何人かの小学生が携帯ゲームで遊んでいる。中にはケータイをいじってるやつもいる。
そして会社帰りの俺は一人、静かにコーヒーを飲みながら時間を潰していた。
しばらくして。
二人連れのアベ……カップルが仲睦まじげに手を繋ぎながら俺の前を通っていく。二人ともスーツを着ているし、たぶん会社帰りなのだろう。
ウィィン、ウィィン。
突如、ポケットの中のケータイが震えだす。俺は慌てて取り出し、画面を確認する。
(何だ、メールか)
俺はケータイを開き、中身を確認する。今晩飲みに行こう、的な内容だ。
特に予定はない。俺は集合場所と時間を確認しようとメールを打ち始める。
「君に、大事な話があるんだ……」
少し離れた場所から声が聞こえてくる。さっきのカップルのようだ。
きっとプロポーズでもするのだろう。俺はそう思い、耳をそばだてながら何食わぬ顔でメールを打ち続け……
ぶふぅっ!
男のプロポーズを聞いて、俺は思わず飲みかけのコーヒーをふき出してしまった。
俺は慌ててカップルの方をチラっと見るが、女の方も俺と同じだったらしく、口を押さえながらも思いっきり笑っている。
どうやら、俺には気付いていないようだ。
「ちょっ、笑う事は無いだろ!」
(あるって)
心の中でツッコミを入れる。
「だって……うぷっ……おもしろすぎ……っ!」
女は後退りしていたが、ついには我慢しきれずにその場にしゃがみ、お腹を抱えながら地面をバンバン叩き始めた。
「俺は本気なんだぞ」
そう言って男はしゃがみ、女に手を差し伸べる。女はその手を取り、立ち上がる。
「ご、ごめん、でも……ふふっ……!」
「……」
男は呆れているのか怒っているのか、何も言えずにいる。
女はしばらく笑っていた。そして俺も、二人に気付かれないように笑いを噛み殺すのに必死だった。
「それで、受けてもらえるか?」
約十分後、ようやく笑い終えた女に、心底不機嫌そうに尋ねる男。
「……はい、喜んで」
意外というかなんと言うか、女はあっさりとオッケーを出した。
「ほ、本当か……?」
「ええ」
女はそう答え、微笑んだ。
「よっしゃぁぁぁあああ!」
男は力強くガッツポーズをし、子どものように辺りを飛び跳ねる。
それを見届けた俺はハンカチを取り出し、コーヒーまみれになったケータイを拭き始めた。
「そうだ、これ」
男はしばらくして、ポケットの中から青い小箱を取り出し、女に渡す。
「開けても、いい?」
女は男が頷くのを確認し、受け取った小箱を開く。ここからではよく見えないが、状況から考えてたぶん指輪だろう。
それにしても、婚約指輪って普通はプロポーズと同時に渡すものなんじゃないのか? などと思いながらコーヒーを飲む。
「綺麗……」
女は溜息交じりにそう呟きながら指輪を取り出し、指にはめようとする。
が、しかし……
「……入らないんですけど」
ぶっ!
俺は再びコーヒーをふき出していた。
*
「……って事があってさ、あれはマジで面白かったね」
友人と合流した俺はさっきの出来事を丸々全部話していた。もちろん大ウケ。
「確かにな。でもよ、ケータイに二回もコーヒーふきかけたんだろ? よく無事だったな」
「九死に一生、かな」
「だな。……それで、その二人はどーなったんだ?」
「なんか結婚指輪はちゃんとしたのを買う、ってので丸く収まったらしい」
「へぇ、なんだかんだでハッピーエンドだったんだな」
笑い話はそこで終わり、俺と友人は夜の町へと繰り出した――
追記:男のプロポーズについてですが、公表するのも可哀想なんで、ここでは伏せておく事にします。
―END―