高崎龍之介の悩み 〜女難〜-9
数日後、登校途中。
はぁ、と龍之介がため息をつく。
「……気が重い?」
美弥は繋いだ手の指を、安心させるように優しく絡ませた。
「ん……まぁね」
その気遣いを感じ取り、龍之介は微笑む。
――巴に心配をかけたくなかったので大見栄を切ってしまったが、龍之介の女性に対する恐怖心は強くなる一方だった。
龍之介に言わせると『付き合い始めてから失神しなくなったから、昔より余程マシ』だそうである。
とにかくひたすら我慢しさえすれば、美弥以外の女の子にプライベートでデリケートな部分を触られても何とか意識を保てるのは正月を迎えた時点で確認済みなのでこれもまた良し、という事らしい。
十年二十年の長期的展望を以って女性に対する恐怖心を克服しようとしているようなので、美弥にできるのは傍で龍之介を支え、必要ならば手助けをしてあげる事くらいだった。
「あぁ……嫌だ」
校門が見えて来ると、龍之介のげんなり加減に拍車がかかる。
「大丈夫。谷町さんがいても、私がいるから」
「……ん」
龍之介は微笑むと、繋いだ手を握り返した。
龍之介の身長がまた伸びた事へ不意に気付かされ、美弥は眩しそうに目を細める。
――龍之介は本当にメキメキと背が伸び、身長が170cm近くなっていた。
秋口の付き合い始めた頃には横を向けばあった顔が、今では見上げないと見えないというのは、何とも変な気がする。
「……あれ?」
嫌々ながらも校門をくぐり、身構えていた龍之介だが……当の谷町菜々子がやって来ない。
「来ない、ねぇ?」
心底意外そうな声を出す美弥に、龍之介は頷いて同意を示した。
「まあ、来ない方がいいんだけど……」
そう言ってから二人は、慣れたくもない物に慣れてしまっていた事に気付く。
「ま、平和が一番よね。行こ?」
「ん」
仲良く手を繋いだまま、二人は下駄箱までやって来た。
さすがにここでは手を離し、龍之介は下駄箱を開ける。
途端にひらりっ、と一枚の紙が舞い落ちた。
びくんっ!と龍之介の体が震える。
下駄箱の中に忍ばせるような代物といえば……。
多少意識を混濁させながら、龍之介は舞い落ちたそれを拾う。
それは、可愛い表面の封筒だった。
「らぶれたあ?」
背後からかけられた美弥の声に、龍之介はびくっ!と体を震わせる。
「た、たぶん……開けて、くれない?」
口に出した途端に、龍之介はその封筒を持っている事すら苦痛になった。
「いーけどね……」
卒倒しそうな龍之介の状態が分かるので美弥は異論を差し挟まず、素直に封筒を受け取る。
「とりあえず、ここで開けるべき物じゃないわね。教室、行こ?」
そして、放課後。
美弥と龍之介は、今は使われていない第三体育館までやって来ていた。
あの『らぶれたあ』は、二人をここへ呼び出す内容だったのである。
名前も何も書かずに用件だけが書いてあり、しかも旧校舎の物置と化している二つの部屋へ別々に。
ここまで来ると不気味な事この上ないので無視しようかとも話したが、それも寝覚めが悪いので仕方なく二人はここまでやって来ていた。
「龍之介が体育用具室で、私が器械室ね」
「……うん」
卒倒するのを必死で堪えているような龍之介から離れるのは非常に気にかかるが……。
「大丈夫。行って」
多少青ざめた顔ながらもそう言われては、口を挟む問題ではない。
……と思う。
「……ん」
元気付けるようにその頬へ軽いキスを贈ると、美弥は龍之介と別れて器械室へ赴いた。
「うっす」
明かりも点けられていない薄暗い部屋の中に、使い古された平均台やら跳び箱やらのシルエットが浮かび上がる。
跳び箱に腰掛け、何とも言えない表情を浮かべて美弥を迎えたのは……。
「赤萩君……」
そこにいたのは、赤萩真継だった。
「何……何の用なの?」
不安に駆られ、美弥は尋ねる。
「菜々が高崎先輩とくっつきたがってますんでね。先輩には悪いですけど、邪魔させていただきますよ」