高崎龍之介の悩み 〜女難〜-11
明かりを落とされた暗い部屋に浮かぶのは、ほの白く光る肌。
体をくすぐる、緩くウェーブのかかった長い栗色の髪。
容貌にマッチしたチェリーピンクの口紅と、ちろりと覗く赤い舌。
『龍之介君……』
体に這う指先の快感と、兄の元婚約者に自分の体を支配されているという理不尽さに、己の無力を呪う。
「あ、うぁ……」
脳裏から溢れ出る、忌まわしい記憶。
――目の前の肢体は、あれよりも未成熟。
全裸にソックスとシューズという格好は、見る人によっては堪らないだろう。
だが……普段は忘れたふりくらいできているはずの忌まわしい記憶と、苦手な女の子と共に閉鎖空間に閉じ込められているという事実とで、龍之介は思考を停止させていた。
「先輩……」
菜々子は一歩、足を踏み出す。
龍之介は一歩、後ずさった。
「ひ、ひ……」
喉の奥からか細い声を出し、龍之介は後ずさって逃げる。
「先輩……」
後ずさって逃げる龍之介だが、物が乱雑に置かれていて狭い部屋では、逃げられる場所は限られていた。
程なくして、龍之介の背は壁にぶつかる。
「ひぃ……」
背が壁に着いた事さえも気付かず、龍之介は体を後ずさらせた。
菜々子は、どんどん近付いて来る。
「先輩……」
菜々子の肢体が、龍之介に覆いかぶさった。
「ぎあーーーーーーっっっ!!!」
体育用具室の近くまでやって来た美弥と真継は、物凄い悲鳴に思わず足を止めた。
「龍之介っ……!」
美弥は地団駄を踏む。
「間に、合わなかったっ……」
「とにかく行きましょう!」
真継にそう言われ、美弥は頷いた。
二人は、再び走り出す。
その間も、凄まじい悲鳴が響き続けていた。
体育用具室は鍵が掛けられていたため、真継が乱暴に戸を叩く。
「菜々!菜々!?俺だ!真継だ、開けろ!!」
バンバンと派手な音を立てて戸を叩くと、中から菜々子が転がり出て来た。
「な……によっ……何よあれっ……!!」
真継に飛び付いた菜々子は、そう叫ぶ。
美弥は二人を放って中に入り、龍之介を見付けた。
「龍之介!!」
美弥は駆け寄り、部屋の隅にいた龍之介をきつく抱き締める。
「だいじょぶ!?」
ぶるぶる震えていた龍之介は、美弥の感触に顔を上げた。
「み……や……?」
「そう私!大丈夫!!?」
がく……がくがくがくがくがく!!!
龍之介の震えが、一気に激しくなる。
「め……めぐっ……めぐ、めぐ、みがっ……!!うわああああああああ!!!」
喉も張り裂けんばかりに絶叫し、龍之介は美弥へむしゃぶりついた。
ひーッ、ひーッ……!
龍之介の喉の唸りが泣き声と混ざって、虚ろな音を響かせる。
「龍之介……!」
さすがに美弥も、がたがた震える龍之介を抱き締め続ける事しかできない。
震える声で『めぐめぐめぐめぐめぐ……』と繰り返しているのは、レイプを受けた記憶をほじくり返されたせいか。
美弥自身も兄から犯され、近親レイプというとんでもない経験をしているが……それは事情が事情だし、龍之介のおかげでかなり早い時期に立ち直っている。
しかし龍之介はあまり知識もなく性的にはまだ熟れ始めたばかりで、なおかついたって素面の時に初恋の女性に犯されたのだ。
しかも行為の最中に、自分を利用するためだけにこんな真似をしているという宣言までされて。
受けた心の傷は『掌なんかの神経が集中している箇所にできた傷へ針をまとめて何本も刺した上でイングリモングリした痛みを数十から数百倍に増幅したくらい』だと、龍之介は漏らした事がある。
たぶんそんな表現ではまだ足りない……そんな表現ではまだ生ぬるい傷を、龍之介は抱えているのだ。
おそらくは自分と付き合う事で僅かながらも塞がれて来た傷を、菜々子の行動が全て突き崩した。
いやむしろ、傷を広げた可能性すらある。
「龍之介……!」