ICHIZU…⑧-3
「どうした？真ん中低めだぞ」
返球しながら山下が声を掛ける。
「球が重そうだね」
佳代はそう言うと、バットを少し短く持って構える。
山下はそれを見て、サインを出した。
青木の2球目。
佳代は小さくステップを踏んで半身を捩り、ストレートのタイミングで打ちにいく。
だが、ボールは1球目とうって変わって遅いチェンジ・アップ。
佳代は前に流れようとする身体を左足で踏ん張り、払うようなバットの振りで、打った。
打球はサード長岡の後にフラフラと上がった。
長岡は落下地点に駆け込んでいく。真後からの打球はまったく見えないため、経験で落下地点を割り出す。レフトの湯田もボールに向かってダッシュする。
長岡がグローブを伸ばす。が、ボールはそれより先に、地面に落ちた。
(いける！)
打球が落ちたのを確認した佳代は、1塁手前で膨らみ大きな弧を描いて右足で1塁を蹴ると、スピード・アップして2塁へと走る。
湯田はボールを捕って、セカンドへ返球する。
佳代は2塁手前から減速しながら、滑り込む事無くベースを踏んだ。スタンディング・ダブル。2類打だ。
(ヨシッ！)
両手をギュッと握りしめ、小さく腕を振る佳代。
ゲージの裏で眺めていた榊は目を細めていた。
練習を終えて部員達を返した後、榊と永井は、明日からのベンチ入りメンバーを話し合っていた。
「青木と菅、それに橋本を加えようと思うんだが」
榊の言葉に永井は明るい顔で答える。
「良いですね！青木は大分復調しましたし、これから3連戦ですからピッチャーは必要です。それに菅も怪我が治って以前と変わらないほど身体のキレも戻ってました。橋本も随分バッティングで悩んでたようですが、大分戻ってますから…」
「それで、誰を落とすかなんだが…湯田と仲谷、それとセンターの長谷見でどうかな？」
「まあ…仕方ないですね。長谷見はともかく、3人共バッティングを崩してますから」
「長谷見には1度落とす事で、奮起してもらいたいんだ」
榊の言葉に永井は頷きながら、
「野球センスは抜群なんですが、深く考え込み易いですからねぇ」
「じゃあ、そういう事で…」
メンバー入れ替えの話はそこで終わり、2人は1、2回戦の事を語り始めた。
「しかし…直也には驚きましたね」
まず、永井が切りだした。
すると、榊は笑みを浮かべて答えた。
「あれには騙されたよ。私は来年の事を考えて投げさせたつもりだったんだが…」
「山下のリードも良いんでしょう」
「ああ！それに肩も良い。昨日の試合で、盗塁を防いだし」
それは6回裏、魁正の攻撃。ノー・アウト1塁の場面で、ランナーが盗塁を試みた。山下はボールを捕ると、矢のような送球で盗塁を阻止したのだった。