ICHIZU…G-2
ー夜ー
風呂から上がった直也は、冷蔵庫から保冷材を取り出すと肩とヒジに巻いてアイシングする。
わずか40球あまりとはいえ、投げれば関節部の筋肉繊維はキズ付き、炎症を起こして熱を持つ。
関節部の炎症を速やかに抑えて、回復を図るにはアイシングによる除熱が一番だ。
疼くような痛みが疾る。直也はキッチンのテーブル・チェアーに腰掛けていると、信也が入ってきた。
兄弟とはいえ野球部では先輩と後輩。そのためか、学校で直也は信也に向かって敬語を使う。
信也も同様だった。佳代や山下、橋本などの同じ後輩以上に直也には厳しく接していた。
結果、家でもお互いがあまり言葉を交わす事が無かった。
だが、その日は違った。
「直也」
「何?」
お互いが、最低限の言葉しか言わない。ギクシャクしている。
「今日のピッチング…良かったぞ…」
信也はそれだけ言うと、照れたような顔をして自室へと消えて行った。
直也にすれば意外だった。兄の背中を追って、中学の野球部に入ったが、褒められた事など無かったからだ。
絞り出すような声で、直也は信也の背中に言い放った。
「兄貴…ありがとう!」
翌日、大会は休みだった。2箇所の球場で行っていた試合を、区立総合運動公園に統合して明日から順々決勝を行うのだ。
青葉中学は明日に備えて軽めの練習を行っていた。
だが、その中で気を吐く選手もいた。2番手ピッチャーの青木と、ファーストのレギュラー菅だ。
2人共、ベンチ入りから外されて期するものが有ったのだろう。普段は控えが守るバッティング練習に自ら志願して出てきたのだ。
青葉中学のバッティング練習は少し変わっている。すべてのポジションに守備がつき、ピッチャーとバッターは試合同様、真剣勝負をするのだ。
当然、フェア・ゾーンに打てばバッターは走る。
コーチの永井が考えた方法で、1球に集中させるためのモノだ。
「お願いします!」
ヘルメットのツバを掴んで佳代が左打席に入る。いつものように、左足で地面を掻いて。
青木は半身を強く捩り身体を小さく畳むと、溜めたエネルギーを一気に解放するように身体を開くと、腕を振り抜いた。
横投げより少し高い位置、スリー・クォーターから放たれたボールは、風切り音を上げて山下のミットを鳴らす。
打席を外して素振りする佳代。