ICHIZU…G-11
「監督…」
「どうした?山崎」
「キャッチャーを山下に代えてもらえますか?」
「なに!」
山崎はそう言うと、黙って右手を榊に見せた。手の甲が紫色になり、腫れあがっている。
「どうしたんだ!これ」
「さっきのクロス・プレイでスパイクに挟まれて……」
「分かった…すぐに医務室に行ってこい」
山崎は榊に一礼すると、ベンチ裏の医務室へ向かった。
青葉中学はレギュラー3人を欠く事となった。
不安が榊の頭をよぎる。
「とりあえず青木でなるべく引っぱって…直也を挟んで上野で行くか。延長も考えて……」
4回表。点差は1点。これからの試合状況を想定して、榊はピッチャーの継投プランを永井に言った。
永井は榊の言葉に頷きながら、
「それで行くしか無いですね。それにしても、一気に3人もの主力を欠くなんて。特に山崎は4番バッターですし…」
「仕方ないさ。これもゲームのひとつだ」
空は夕暮れのオレンジ色から白暮に変わり、照明塔が灯った。
青葉中学の攻撃。先頭バッターは佳代からだ。
(小さく振って。力を入れるな)
先日、山下に言われた事を頭の中で反芻しながら打席に入る。
その1球目。真ん中のストレート。佳代の身体は反応し、バットを振った。イメージ通りのコンパクトでスピードのあるスイングで。
乾いた金属音が響いた。
(いける!)
打った手応えから、佳代は外野の頭上を越えたと確信して1塁へと走る。
センターは佳代の思い通り、打球を見て後を向いた。だが、そこまでだった。数歩下がっただけで、前に向きなおると、落ちて来た打球を捕った。
(なんで?)
1塁を廻ったところで、失速した自分の打球に唖然としながら、佳代はトボトボとベンチに帰る。
ベンチでヘルメットと手袋を椅子の後に置くと、ため息を吐いた。
「良い当たりだったけどな」
橋本が声を掛けてきた。佳代は力無く笑うと、
「絶対、外野オーバーと思ったんだけどね。女子の私じゃ無理みたい」
「そりゃ仕方ねーよ。どんなに努力しても力じゃ男にゃかなわないさ。でも、脚は速いんだから塁にでる確率を上げる方が、お前には合ってるんじゃないか?」
「そうかもね…」
そう言うと佳代は淋し気な顔で、グランドを見つめた。