震える肢体-1
放課後。鹿島麗香は学校を終えて帰路につこうとしていた。
まだ幼い身体を包み込む制服。それは、かなりの家柄とサクセスを認められた家庭でないと、入学出来ないという評判の中学校のだった。
彼女の家は元を辿れば武家の末裔で、それゆえの古風なしきたりが今の時代にマッチせずに衰退していった。そんな時、麗香の父親は彼女が産まれる前に事業を起こし、莫大な富を1代で築いた。
そのおかげか、彼女の父親が行っている学校への寄付金は毎年、トップ・クラス。そのうえ学校での成績も良く清楚な立ち振る舞いに、教諭を初め、クラス・メイト達も彼女を羨望の眼差しで常に見つめていた。
だが、それは彼女が演じる〈鹿島麗香〉だった。
ロールスのストレッチャー・リムジンが学校の正門を潜ると、その巨体をくねらせるようにロータリーを廻り、正面玄関に停車した。
素早く運転席ドアが開き、運転手が降りて来た。ネイビーのスーツを着た姿は運転手というよりも、オフィス街のやり手ビジネス・マンを連想させる。
彼はクルマの後を廻ると、後部ドアーを開けた。
「それでは皆さん。ごきげんよう」
麗香はそばに立つクラス・メイトや教諭達に挨拶すると、後部座席に乗り込んだ。
運転手は彼女が乗ったのを確認してからゆっくりとドアーを閉じていき、最後に力を込めて閉めた。
〈ドムッ〉という重厚な響きを立てる。
運転手は皆に一礼すると、今度はクルマの前を通って運転席に乗り込むと、ロールスは滑るようにロータリーを出てから来た路を帰って行った。
玄関で彼女を見送ったクラス・メイト達は頬を上気させていた。
クルマは屋敷までの帰路をスムーズに流れていた。
「町田…」
麗香はそう言って運転席と後部座席を遮るガラスを叩く。このクルマは父親が特別に作らせたモノだった。
仕事柄、重要な商談はどこででも話せるものではない。そこで彼はリムジンの中で商談を行えるように、運転席と後部座席との間に厚さ3センチのガラス板を設けた。
これならば関係者以外の盗聴は不可能だからだ。
町田と呼ばれた運転手の操作で、ゆっくりと遮るガラスが解放される。
「なんでしょう?お嬢様」
「今日は……あそこへ寄ってちょうだい…」
そう言って町田に話しかける麗香の顔は、先ほどまでの清楚な雰囲気は消え失せ、目を潤ませていた。まるで何かを懇願するように。
町田はそれをチラッと見ると、薄笑いを浮かべる。切長の眼と薄い唇は爬虫類を連想させる顔だ。
「かしこまりました」
ロールスは屋敷までの帰路を右に曲がると、猛スピードで別の目的地へと向かった。