『ゲームメイカー』-13
「おはよ……いい香りだな……」
視線の先には素肌にバスローブを羽織っただけの彼女はコーヒーを運んでくると傍らに腰掛けた。
「モーニングコーヒー……いかがですか?でも、ホテルの備え付けだから味の方は……」
アラーム以外の声(おと)で目醒めたのは、いつ以来だろう……
「翠が煎れたんだ。美味いに決まってるさ」
俺の微熱はまだ続いているらしい……重症だ。
湯気を立てているコーヒーは市販の物で一応ドリップ式だ。だから味などたかが知れてる筈なのに確かに美味かった。ゆっくりと味わい、飲み終えると煙草をくゆらせる。
「一緒にシャワー浴びようか?」
何気なく俺が聞くと軽く頬を赤らめて翠は頷いた。そのままバスルームに向かってもよかったが、俺も何となく気恥ずかしいのでローブを羽織り立ち上がる。
脱衣所で俺が脱いでも彼女はもじもじとしたままこっちを見ていた。思わずフッと口許を緩めながら、俺は手を伸ばして腰紐をほどき、バスローブを脱がせる。
………ファサッ………
ローブが床に落ちると彼女は両手で素早く胸と秘所を隠した。一晩の熱が醒めれば恥じらいが戻るのだろうか?などと思いながら、俺は浴室に入りシャワーのコックを捻ると暖かな水流に身を晒(さら)す。軽く浴びた後に俺がシャワーを手渡すと翠は半分背を向ける様な格好で浴び始めた。
「……翠……」
後ろ向きの彼女に俺は声を掛ける。
「…はい…」
「もう一度、おまえの躰をちゃんと見たいんだ。多分、もう……」
(逢う事も無いだろうから……)
何故か、この台詞を口にするコトを俺は躊躇(ためら)った。彼女の肩が微かに震え、やがてゆっくりと振り返ると躰を覆う両手を外していく。改めて見ても、やはり素晴らしい躰をしていた。
「やっぱり、お前は綺麗だな……」
不思議と欲望を掻き立てられる事はなく、ただただその姿に俺は見取れる。静かに歩み寄る彼女を優しく抱き締めると、耳元で翠が小さく呟いた。
「ずるいわ……最後まで優しいんだもの……」
語尾が震えていたような気がするのは俺の思い違いだろうか?返す言葉が見つからず、俺は黙るしかなかった。
気まずい雰囲気のまま、衣服を纏(まと)い部屋を後にする。車に乗り込みエンジンを掛けて、俺はやっとの思いで沈黙を破り重たい口を開いた。
「どこまで送ればいい?」
陳腐な台詞だが、これでいい。これ以上、深入りしたら……
「駅までで……」
そう告げる彼女に無言で頷き、そっとアクセルを踏むとゆっくりと車は動き出す。
車を走らせながら、俺は考えていた。コイツとは、ただ一晩付き合っただけの事。だが何だ?この焦燥感は……
そんな俺の思いをよそに、程無くして駅前に車は滑り込む。