ICHIZU…F-3
「ああいう場合、ライトからレフト方向に風が吹いてる…そうすると、ライトに飛んだフライは風に押し戻されるんだ」
羽生は続けた。
「外野は守備につく時、毎回旗を見て風の具合をチェックするんだ。いいな」
「分かりました!ありがとうございます!」
佳代は笑顔で羽生に頭を下げた。
先発の川口信也とキャッチャー山崎はベンチ横のブルペンで投球練習を繰り返していた。
試合開始5分前。皆が一斉にベンチにさがる。榊を囲むように全員が集まる。
彼はただ一言、〈5回で終らせろ〉と言った。つまり5回までに10点差をつけてコールド・ゲームで勝てと言うのだ。
「準備しろ」
榊の言葉に、先発メンバー全員が水分を補給する。
その時、信也が山崎をつかまえて、
「バック・ネット裏見たか?」
「ああ…」
「東海に中間中央、それに高峰の部員達が来てる」
それらは皆、青葉同様、優勝候補に挙げられているチームだ。
「他にも高校のスカウトらしいヤツもいるな」
「ああ…西陵高校と入部商業だろ。オレも気づいたよ」
「そこで相談なんだが……今日の試合、1巡するまで真っ直ぐだけでいかないか?」
信也の提案に山崎は一瞬戸惑ったが、すぐに白い歯を見せると、
「面白そうだ。やってみるか!」
山崎は自信あり気に答えた。
「ベンチ前集合!!」
主審の声に両チームの選手が一列に並ぶ。半身を前かがみにしてダッシュの体制だ。
「整列!」
主審の声が掛かる。
「行くぞーー!」
信也の号令の後、〈おうっ!〉と言う声を挙げて一斉にホームに向かってダッシュする。もちろん佳代もだ。
ホーム・ベースをはさんで両チームが正対して縦に並ぶ。
「ただいまより、牟田中学校対青葉中学校の試合を始めます」
「礼!」
両チームが帽子を取り、一斉に頭を下げた。
「オッシヨーースッ!!」
選手達は〈お願いします〉と言ってるつもりだろうが、とてもそうは聞こえない。
牟田中学はファースト・ベンチに下がり、青葉中学は佳代達控え以外はグランドに散って行く。