ICHIZU…F-2
「なんだよ姉ちゃん!今日のは」
「何が?」
「何がじゃないよ!入場行進だよ。一人うつ向いてロボットみたいな歩き方でさぁ」
修はそう言うと立ち上がり、佳代の入場行進を真似て見せながら笑っていた。
それを見た母親の加奈は吹き出すのを堪えきれずに笑ってから、
「ホント!…足取りはギクシャクしてねえ」
佳代は〈山下に騙された〉とも言えずに真っ赤になって黙ってしまったのだ。
山下は口元に笑いを浮かべると、
「知らないオマエがバカなんだろ」
「なにーーっ!!」
冷静に答える山下に佳代が感情を爆発させようとした時、
「山下。そりゃ言い過ぎだぜ、佳代がかわいそうだろ」
直也が割って入った。彼はそれだけ言うと先を急いで離れていった。
佳代と山下は呆れた顔で直也を見た後、お互いを見つめながら、
「アイツ、どうかしたのか?」
「多分…好きな娘にメッセージ貰ったからじゃない?」
「なんだか気味悪いな」
「今日、投げたらアイツ、完封するんかもね」
2人は声をあげて笑いだした。
試合開始15分前。牟田中学と青葉中学はお互い5分間ずつの守備練習を行った。もちろん佳代も控えとはいえ、ライトでノックを受ける。
ふと、観客席を見る佳代。昨日はあまりの歓声に驚き、まともに見れ無かったのだが、今日は半分くらいしか埋まっていないためか、おとなしいというより寂しい気がした。
「澤田!ボサッとすんな!」
ライトのレギュラー羽生が観客席を見ている佳代を怒鳴りつける。
「アッ、す、すいません!」
永井が高いフライをあげる。いつもの調子で打球を追う。が、伸びてこない。
佳代は慌てて前進すると、かろうじてボールをキャッチした。
「澤田ーっ!今のはイージー・フライだろ」
「すいませーん!」
ボールを返球してから、羽生の後につこうとすると、羽生が佳代を呼び止めた。
「澤田…旗を見てみろ」
「旗…?」
センター・フェンス外に設けてある3本のポールには、主催である中体練の旗が掲げてあった。それがきれいに広がってはためいている。