傷跡-4
「6年3組 斎藤 彩夏ちゃんでしょ?」
あの声が耳の奧でこだまする…。名前、ばれてる。またあんな目に合わされたら…。
おさえつけられてできた、体中の痣がようやく治る頃、下着に血の染みが出来てた。ケガ…?じゃなくて生理みたいだ。
小6になる前の春休み、初めての生理が来た。母と、
「これからは大人として扱ってね!」
「じゃあ、まず、自分の部屋の片付けをしてね!」 なんて会話をしてたのが懐かしい。夕飯がお赤飯で兄が不思議がってた。
よかった…。よかった…。妊娠してなかった。その場にしゃがみこむ。涙が出た。
「引っ越そう。」
母がいきなり、兄と私に言う。
「でも…、ここお父さんとの思い出の場所…。それにお兄ちゃんだって今年受験なのに…。」
「いや、それがいいよ!お父さんだって絶対分かってくれるよ!」
お兄ちゃんは二つ返事で言う。
「ここよりは狭くなると思うけど。」
「家賃なら、俺が高校行ったらバイトして頑張るよ。」
それから二ヶ月。私達は今は全く別の土地で生活してる。まだ学校には行けない。一人では外を歩けない。
私は高校生になった。結局、転校先の小学校には卒業式さえ出れず、中学校は毎日、兄に送り迎えしてもらいながら、何とか通った。
何年経っても、あの時の記憶は少しも薄れない。でも、あいつらに私の未来までは奪われたくなかった。
「彩夏は好きな人いないの?」
高1の2学期が始まった頃、友達の由香が言った。由香とは高校に入ってからの友達だ。もちろんあの事件は知らない。
好きな人…。考えたこともなかった。ずっと自分が生活するだけで精一杯で。
「由香は?」
由香はクラスを軽く見渡して、耳打ちした。
「伊藤くんってかっこいいと思わない…?」
伊藤…?誰だっけ…。私がそう言うと、由香は飽きれ顔をして、一人の男子に目をやった。伊藤 忠…整った顔の男の子だった。
それから由香は、伊藤くんの新しい情報が入る度に私に教えてくれた。お陰で私は、伊藤くんの誕生日から好きな歌手まで覚えてしまった。
そんな伊藤くんと私は同じ美化委員になった。由香はすごく羨ましがってる。
「斎藤さん。今日の放課後だけど…。」
度々、用事があって伊藤くんは私に話しかけてくる。私はあれ以来、男子は極力、避けてた。
「…うん。」
声の震えが、顔色の変化がばれてなければいいけど。
=俺って怖い?=
委員会の集まりで、隣の席になった伊藤くんが紙にそう書いて、私に差し出す。
=私、男子としゃべるの苦手だから。=
私もそう書いて、目も合わさずに渡す。