飃の啼く…第9章-6
「こいつは、この間、飃兄ちゃんの村を襲った女狐の弟だよ。」
私が夕雷をひざの上に乗せ、その狐の後ろの座席にカジマヤが陣取った。
そいつは、姉と同じ金色の髪の毛をしていて、目は鋭くつりあがっていた。人を見下したがるような尊大な態度は、捉えられた今もなお薄れていないように見える。
「復讐に来たってわけ?」
私の挑戦的な口調に、そいつは口を開いた。
「これで君らに説明するのは8度目だが…」
そして私を睨みつける。
「僕は澱みを裏切り、そしてお前らに力を貸しに来た。それをこの野蛮な狗どもがよってたかって捕えた。理解できたか?もう繰り返さない。反芻なら己の頭の中でするがいい。」
拍子抜けだ。力を貸しにきた?それにこの生意気な話しぶり…私の口調にも棘が生える。
「ふん。下手な嘘を。」
「おれらもそう思ってね、こうしてしばりつけてあるんでさ。」
颪さんが、運転しながら言った。すっかり闇に沈んだ街の中で、ネオンサインだけが真っ黒なウィンドウに浮かび上がって、滑るように流れていく。
「私たちは、どこへ向かっているの?」
「…奴らの牢獄だ。無知なる長柄使い。」
狐が言う。
「確かに。でも、私たちに力を貸すというなら、それなりの誠意を見せて証明してほしいわ。ここからならあなたを串刺しにするのは簡単だと言う事がわかる程度の頭脳はあるのよ。何故組織を裏切ったの?」
出来る限り辛辣な口調になっていればいいと思った。あの女狐が飃の村に何をしたか、思い出しただけでも怒りが湧き上がる。そいつは、再び振り返って私を見たまま、小さくため息をついた。
「僕は……姉に誘われるまま澱みのメンバーになった。まあ、初めからわかっていたさ。奴にとって、姉はただの道具だと。いや、奴以外の存在は全て道具だ。」
「奴…?」
「―黷(とく)。すべての澱みの統率者にして親だ。」
車の中の空気が重くなる。さながら、そのものの名前自体が呪いであるかのように。
そして、彼は前に向き直った。時折颪に道順を指示している。車の中は依然沈黙に包まれている。
「僕らが目指しているのは、妖怪や低級神の類を収容するための牢獄だ。入れば二度と出て来れぬ。」
威圧的な言葉が、私の心に鉛のようにしずんでゆく。