『繋がりゆく想い……』-6
「泣くな馬鹿……」
「……祐樹……」
「お前を突き放した理由はわかったろ?もう一度言う、もう俺に関わるな。」
唇を噛み締めたまま、智子はぽろぽろと涙を零す。
本当は怒鳴ってでも追い返すつもりだった。けれど、素直に涙を流す智子に俺の口許はうっすらと笑みを浮かべてしまう。
「お前にそんな顔してほしくなかったよ……馬鹿だなお前……知らなきゃよかったのに……」
「あ、あたいね……やっぱ、祐樹のコト忘れられなかった。何度もこっそり家まで行ってたの。あの日、久しぶりに祐樹を見れて帰ろうとしたら……祐樹が、祐樹が……」
話しながら、俺が倒れた時の光景を思い出してしまったのか、智子は声を詰まらせていた。
「もういい……何も言わなくていい。智子、先生を呼んで来てくれ。俺は家に帰る……」
最期はやっぱり、自分の家がいい……。医者の申し出を丁寧に断り俺はタクシーを呼んでもらい自宅に帰る事にした。
「もうここまででいい……取り敢えず礼は言っておくよ、ありがとな智子。」
タクシーで帰って来た俺はマンションの入口でそう言った。だけど智子は帰ろうとせずに首を振る。
「できないよ……祐樹をこのまま放っとくなんて、あたいにはできない……」
「言ったろ?もう俺に関わるなって……」
俺の言葉に智子は再び、大粒の涙を零した。思わず苦笑しながら、俺は頭を優しく撫でる。
「そうやって素直にしてたら、いい男がすぐに見つかるさ。お前はお前の人生を精一杯生きろ。俺の分まで……。あの時、死ななくてよかっただろ?だから、俺のコトはもう忘れるんだ。いいな?」
「やだ……やだよ……。このままバイバイなんて……祐樹、あたい……」
「もうすぐ死んじまう奴の最期が見たいのか?悪趣味だぜ?」
俺はそう言ってニヤリと笑った。そして、そのまま背を向けるとマンションの中へと歩き出す。
一歩、二歩……
しかし、三歩目は踏み出せなかった。それは後ろから延びた二本の腕が俺の身体を捕まえていたから……
「離せ……」
「やだ……」
「離せって言ってるだろ?」
「やだ!!」
胸の奥に小さく灯る想い……それが、俺の感情を揺らし始める。
想いなんか残さないって決めたんだ……
生への執着なんか断ち切った筈なんだ……
なのに……
「お前……どうして、俺に…関わりたがる…んだ。俺とお前は何の…関係も無い筈…だろ?」
「あんたにとっては、気まぐれだったかもしれない……。簡単に死のうとしてたあたいに腹が立っただけかもしれない……。だけど、あたいが今生きているのは祐樹のお蔭……」
「律義だな。でもそんな事どうでも……」
「よくなんかない!!あたい、嬉しかったんだ。祐樹、口が悪いから、ちゃんと言ってくれなかったけど、生きろって言ってくれた。自分を大切にしろって言ってくれた……」
俺を抱き締める小さな腕に力が込められていく。
「あたい、今まで何人も好きになったよ。優しくしてくれる人ならそれでよかったから……。けど祐樹は違ってた。口悪いし、あたいを怒ってばっかだけど本当は優しくて……。あたい、気付いたんだ。これは好きなんて軽い気持ちじゃない……あたいは……」
「やめろ!!その先は言うな!!」
「ダメだよ祐樹。今言わなかったら、あたいはきっと一生後悔する……。あたい、愛してるんだ祐樹のコト……」
Tシャツを通して背中が濡れている。俺の為に泣いてんのか?智子……
「もうすぐ死ぬ奴に向かって、愛の告白か?ふざけんじゃ……ねえよ……独りでいいんだよ……俺は…」
クソッ……なんで声が震えちまうんだよ……。もう、やめてくれ智子……
俺(心)を揺らすな……
「あたい、決めたんだ。祐樹に貰った命だから、今度は祐樹の為だけに使うって。あたい、最期までいる!だから傍にいさせてよ……祐樹の隣りにいたいんだよ!!」
泣き叫ぶ様な智子の声。コイツの本気が伝わって来る……
モノトーンだった筈の世界が再び色彩を放ち始めていく。前よりも力強く、色鮮やかに……
「お願いだよ祐樹……独りでいいなんて言わないで……そんなの寂しいよ……。あたいが……いるじゃんか……」
俺の負け……だな。心が溢れ出しちまった。生きたいって思わされちまった。
なによりも、コイツと居たいって思っちまったんだ。俺は……
ポケットからカギを取り出すと、俺は智子の手にそっと握らせた。
「責任……取れよ。」
「え?」
「無理やり心の中をこじ開けやがって……。最期まで付き合って貰うからな……覚悟しろよ。」
そう言って振り返った俺に智子は最高の笑顔を見せた。