Penetration-1
「以上だけど……分かるかな?」
海岸線の喫茶店。店主は接客方法などをを新しく入った女の子にレクチャーしていた。彼女はマスターの説明を逃すまいと、相づちを打ちながら聞いていたが、
「あ……はい…頑張ってみます」
と、消え入りそうな声で答える。マスターはそれを見て少し不安に思いながらも、〈じゃあ、分からない事があったら、その度に聞いてよ〉と言って午後の開店準備に入った……
海岸線に沿って西日が照りつける。幹線道路は、まるで歩くような速度でしか進まない。横から刺すような日射と進行速度の遅さが、暑さを増幅させていた。
(まったく。いつまでこんな調子なんだ)
車中の仁科徹は、目の前の渋滞に苛立っていた。
「あ〜あ…」
仁科はため息を吐くとラジオをつける。途端に大音量で懐かしいハード・ロックが車中を埋めつくした。
昔良く聴いていた曲。だが、そのメロディも今の仁科の気持ちを抑えるには到らない。何より西日に車中を照らされ、エアコンが効かないために。
(こりゃ何処かで涼んで渋滞をやり過ごすか…)
営業先での仕事は終わった。後は帰社するだけの仁科は多少遅れて帰っても良いだろうと、車をUターンさせるとガラガラの反対車線でアクセルを踏みつけた。
しばらく車線を流していると右手に喫茶店の看板が見える。仁科は迷う事なく車を駐車場に滑り込ませる。
(カフェ・フォレスト?森?この海岸線で?)
店の看板を見た仁科は不思議に思いながらドアーを潜った。すると、よく磨き込まれた赤茶色の板壁が視界いっぱいに飛び込んできた。
(ヘェ〜ッ、キレイなモンだな…)
店内からは、わずかだが木の香りが感じられた。調度品として飾られている観葉植物とリトグラフも雰囲気にマッチしている。
「いらっしゃいませ!」
威勢の良い声と共に、店主とおぼしき男がカウンターの奥から現れた。
あさ黒くシャープな顔立ちに長髪を後で束ねている。
印象は喫茶店のマスターより中年サーファーという感じだ。
仁科は日光の入る窓際を避けてカウンターに座った。
「い…いらっしゃいませ…」
か細い声が仁科に向けられる。彼は一瞬驚いた。目の前に女性が居るとは思いもしなかったからだ。
「や、やあ…」
躊躇しながら答える仁科。
対して女の子は顔を紅潮させてうつ向いていた。
赤いノー・スリーブのシャツに黒いエプロンが映える。襟元でカットされた髪が若さを強調していた。
マスターがすかさずフォローに入る。