永愛-1
電車の窓から見える真っ暗な空。雨は小降りになっている。俺が降りる岩倉駅まであと2駅。名古屋を過ぎて、乗客がだいぶ少なくなっていた。
空いた座席に座り、ふっと溜め息をついてネクタイを緩める。
改札口を抜ける。雨はまだ降っていたけど、折りたたみ傘を開くまででもなかった。
かけ足でマンションに急ぐ。駅から徒歩5分が売りのこのマンション。
ガチャガチャ…。閉まってる?鍵を開けて入ると、部屋の電気が消えていた。
「洋子?」
パチッと電気をつける。
テーブルの上に一枚の紙。一個の指輪。
見覚えのある光景だった。
それは2年前、彼女と同棲していた頃。
昼休み、会社を抜け出して、一度家に帰ってきた。テーブルの上に置いた一枚の紙。一個の指輪。
婚姻届…。
合鍵で入ってきた彼女はこれを見て、どんな顔をするだろう?
会社の帰り道、 いつもの景色が全く違って見えた。その日の俺は、勇者だった。
部屋に入るやいなや、彼女は俺に紙を突き出した。怒ってるような、泣き出しそうな顔で。
突き出した紙は婚姻届。彼女のサイン済みの。
「結婚しよう。」
「嫌よ。」
彼女の目は笑ってた。そして、俺達は夫婦になった。
何が起こってる?状況が理解できない。そこにあるのは捺印済みの離婚届。
一緒に買ったコップも、歯ブラシも、変わらず二つ並んでここにあるのに。
「一番好きな人とは結婚できないって…言うよね?どうしてだろ。」
付き合う前、大学で同じサークルだった頃、洋子が言った。この時、俺はもう、彼女の事が今まで出会った誰よりも好きだったけど。
「人って、手に入らないものに魅力を感じるものだから。」
「手に入ったら、愛は冷める?」
また別の日、
「両思いの男女がいるの。でも、付き合ってない。何でだと思う?」
「分かった、その二人の関係は親子だ。」
「ふざけないで。」
洋子はその頃、間違いなく、誰かを愛してた。そしてその誰かも、きっと彼女を愛してた。