君想-2
―あれからユキは五回目の春を迎える。あの後彼は一度もユキの元を訪れることなく、年老いたユキの記憶も次第に曖昧になっていった。
暖かな春の日差し。
風がふわりふわりと鼻先をくすぐる。
とても穏やかな気持だ。うとうと眠くなってゆく。もう、目を開けていられない…。
両足の間にちょんと顔を乗っけたまま、ユキは静かに目を閉じた。
深い眠りにつこうとするユキの耳に聞き馴れた声が聞こえる。
ユキは何かを思い出せそうな気がして目を開きかけ、しかしユキの目が開くことはなかった。
心に暖かな灯がともる。
たしか前にもどこかで感じた気持。
…ああ、そうだ。君に聞きたいことがあったんだ。
あの時のこと、君は覚えているのかな…。
―…そう、それと、君に伝えたいことがあるんだ…。
…私ね…
ユキの意識はそこで途切れた。
心地よい、ある春の日。ユキの抱いた淡い恋心は、桜に染まった桃色の空へと散っていった。
その後、ユキが再び目を開くことはなかった。