あなたの えがきかた-2
「つまり―言葉には、“制限”があるんだ。例えば誰かが使った言葉だとか、どこかで聞いた様な台詞であったりとか。特に恋文なんてもの、オリジナリティに欠けると思わない?大体が好きだの、愛しているだのと書く。
その点、絵は無限だ。―なにも言葉が有限と言っている訳じゃないんだ。それはわかって欲しい。ただね、ただ絵ってのは唯一絶対の存在なんだよ。『個』しか無い。同じ物は存在しないんだ」
ふーん、と私は頷いた。彼の話は終わりでは無かったから。
「そりゃ言葉だって唯一だよ? 僕が言った言葉に、替わりなんて物は存在しない。でも、でもね。 台詞ってのは使い回せるんだよ。僕が言った事を、君が同じく言う様に。しかも恋文って“わく”がある。使う幅も狭くなるんだ。
でも絵ってのは自由だ。同じ紙とペンなら、絵の方がずっと『我』が出る。
まぁ全ては僕の意見だけどね。―僕の言ってる事、わかる?」
「わかるわ」と、私は言った。
◆
私はそれから1ヶ月間、絵を描き続けた。
自慢では無いが私は絵が下手である。それもものすごく、だ。 それが私がこの告白方法を毛嫌いする一番の要因とも言える。
私は絵を描くのが下手なのだ。
それでも私は絵を描き続けた。彼の言う概念を絵にし続けた。
つまり、“恋”や“愛”と言った不確かな物を絵としてあらわし続けたのだ。 凄まじく気の遠くなる作業であった。
実際に、これが『恋の絵』と思える作品を描ける様になるまでに、かなりの時間がかかった。 始めの内はそれはもぅ酷い物であった。 絵と呼ぶにも値しない作品ばかりで、逆に手紙にこんな絵が同封されていたならば、うんざりするであろう完成度である。
それで想いを伝えるには、しっくりしなさ過ぎた。
私はとりあえず何かを掴めるまで、絵を描きまくった。
朝から晩まで、常に私の頭には何かしらのイメージがよぎり、それを描きなぐった。何度も何度も、色んな所で、色々な状況で、絵を描いた。 鉛筆で描いたり、ペンで描いたり。筆で描いたりもした。色もつけたりした。
それでも「これだ」と言ったものは描けずにいた。
それは神が私に、止めろと注意している様に思えた。
◆
私が始めて大体納得のいく作品を描ける様になったのは、1ヶ月を過ぎた辺りである。
少しずつではあるが何となくコツを掴み始め、何処をどうすれば巧く描けるかなんて物がわかって来ていた時であった。
それでもそれらは、『恋』と名付けるには程遠くて、『愛』と名付けるには残酷過ぎた。
逆に惨めであった。
◆
そんな作品を作り終えた時、私は大体あの渇きを覚えた。 得も言われぬ体中が求める渇望感である。
私の全てが彼を求めて、体内を何かがうごめく。 対して強くもない冷房が私を凍えさせ、夏の湿気が私を火照らせる。 気持ちの良い程の嘔吐感を覚え、気持ち悪い程の浮遊感が私を包む。 何もかもが彼に見え、それが私を意識の底へと落とした。
私はこの時、うずくまる事しか出来ないでいた。
それでも私はただひたすらに絵を描いた。
逆に、この感情が渦巻く最中に必死になり絵を描く。
まず線を描く。
どのような線でも構わない。 直線であっても良いし、曲線であっても良い。なるべくシンプルに、かつ自然な線を描く。
そしてそれに連なる線を描く。そう続ける内にそれが段々と形となり、最終的に絵になった。
絵に“なった”のだ。絵を描くつもりで筆を進め始めたのは言うまでも無かったのだが、結果、絵に“なった”。 受け身である。
絵を描いた訳では無く、絵になったのだった。