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多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

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多分、救いのない話。-1--1

 このヒトは、私の模範。
 このヒトは、私の規律。
 このヒトは、私の崇拝。
 このヒトは、私の偶像。

 このヒトは、私の――総て。その筈だった。


 今日は三者面談のプリントが配られた。中学二年の11月という時期は、進路を決め、準備をする上で大切な時期。なのだが、神栖慈愛<かみすめぐみ>には実感が湧いていなかった。慈愛は全国でも有名な私立中学に通っていて、慈愛が特に努力しなくてもエスカレーター式に“上”には行ける。そうでなくても慈愛 には学力は十分にあって、だから後は慈愛自身の将来への希望だけ。そして慈愛には特別に将来なりたいものというものは決まってなくて、だから今回の三者面談は特に何もないはずだった。
 なので特別に気負わず、いつもの会話として普段通りに母に告げた。母が慈愛のリボンを結びなおしてくれている間の雑談としてだった。
「面談? それいつのこと?」
「――ええっとね……二週間後、かなあ?」
 やたらと間の延びた返答に、なんで疑問形になるのと苦笑しながら、母は手帳を取出しスケジュールをチェックする。母は巷では有名な企業家だ。二週間後どころか数か月先まで、分刻みでスケジュールが決まっている。企業家の手腕も勿論だし、モデルのように容姿も整っていて実年齢よりもかなり若く見えるため、メディアで の露出も多い。
 それでも毎日家に帰ってきて、家事もちゃんとやって、勉強も教えてくれる母を、慈愛は本当に尊敬していた。だからあまり母に負担を掛けないためにも、来る必要性のない面談にわざわざ来てもらおうとは思っていなかったので、
「うーん……ちょっと難しいわね」
と、申し訳なさそうに言われても、特別落胆はしなかった。
「別にいいよぉ? お母さん、お仕事忙しいんでしょお?」
 妙にスローテンポな幼い話し方だが、慈愛にはこれが普通。母もいちいちイラついたりしない。そんなことでは。
「ごめんね。三年の時はきちんと行くからね」
 母が少し悲しそうな顔になったので、慈愛も悲しくなる。母一人子一人で、ヘルパーさんもたまにはいるけど基本的には二人きりで暮らしてきたので、通常の親子よりも感情が強い。でも慈愛はそれをおかしなことだとは思ってなかった。
「いいよぉ。お母さんはそんなこと気にしちゃダメ」
 そう、気にしちゃいけない。慈愛にとって、多分世間の目から見ても“完璧な”母。母が母であってくれるなら、どんな努力も惜しまないと、慈愛は無意識に決意していた。
「いい子ね、慈愛は」
 よしよしと頭を撫でてくれる。幼児みたいな扱いをされてぷくぅと膨れるが、それ以上にその仕草に安心して、ずっとこんな風に過ごせたらなと夢みたいな想像をする。
 しかしそんな時間は、
「あ、もうこんな時間」
 母自身の言葉で終わる。
「お勉強の時間ね、慈愛」
 母の優しく穏やかな笑顔に、慈愛は――
「う、うん」
 ――目を合わせることが、出来ない。応え、られない。
 二人きりのリビングは、二人が出ていくことで静謐になる。
 三者面談のプリントだけが、事務的な自己主張をしていた。


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