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多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

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多分、救いのない話。-1--4

「あ、お、母さん!?」
 慌てて扉を開けると、母が扉の外で立っていた。
 部屋着でも洗練されたファッションは、凛々しく自信に溢れ、カッコいいなあと素直に慈愛は思う、慈愛の大好きな母の姿。だけど、いつもと違って表情はどこか硬く見える。……いや、いつもの母だ。いつもの母の笑顔だ。違うのは、自分の方だ。
「慈愛? 体調悪いの?」
「え、あう、えっと、…その」
 ピタッと、額に手を当てられる。ひんやりと冷たくて、心地よかった。
「熱は…ないみたいだけど。呼ばれたら返事くらいしなさいね」
 はぁいと返事を返しながら、二人でダイニングに向かう。もう既に晩御飯は用意されていた。手伝えなくて申し訳なく思うけれど、でもどっちにしろ慈愛には料理は手伝えない。台所には“怖いもの”がたくさんあるから。
「いただきまぁす……」
 今日は慈愛の好きなハンバーグ。母はナイフとフォークで、慈愛は箸で突いて食べる。普段はもう少し会話はあるのだけれど、どうも今日は食欲がなかった。
「どうしたの? お箸が進んでないけど」
 丁寧に切り分けて食べる姿は優雅ではあるけれど、慈愛にはあまり見ていたくないものだった。母が刃物を持っているというだけで慈愛には恐怖だから。慈愛が先端恐怖症であるのは、学校でも親しい人間なら知っていることだ。
「んん……あのね、お母さん」
 傷について聞かれたことは隠して、家庭訪問について話す。少し驚いたのか目を見開くと、
「あらあら。それは確かにちょっとびっくりね。うちの家だけ?」
「ううん、多分そうだと思うけど、」
「私たちだけ、と…うーん」
 食事の手を止めて何か考える。その表情が思ったより真剣で、……どうしようもなく不安にさせられる、そんな顔。
「そうね、今週の夜なら私は大丈夫。そう先生にお伝えして」
 ハイ、と返事を返し、また食事を再開する。しかし、食欲は戻らない。つい箸を止めてしまう。もうすでに母は食べ終わっているのに、慈愛はまだ半分以上も残している。
「慈愛」
 不意に、いつもの笑顔に母は戻り。
「“食べないの?”」
「あ、はい、、あ、えっと」
 慈愛しか気付けないような、僅かな気配の変化に、慈愛は震える。怯える。
 だけど言い訳も、懇願も、逡巡すらも――母は許してくれなかった。
「美味しくなかった?」
「そ、そんなこと、そんなことな」
「もう食べないなら、お勉強しましょうか。昨日はあまり出来なかったから、今日は先に進めないと…ね?」
 食欲がなくてむしろ正解だったかもしれない。
 吐いたら、片付けるのがきっと大変になるだろう。


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