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多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

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多分、救いのない話。-1--3

 数秒の沈黙。長い数秒。
 先生の反応は、
「そうか、神栖は危なっかしいからなあ」
 ――誤魔化せた。よかった、と心から安堵し、しかしまだ油断は出来ないので更に嘘を重ねる。
「そうなのですよー。階段にガラス片が落ちていて、首を切っちゃったのです」
「危なっ! え、大丈夫だったの?」
「はいー。太い血管は避けれたみたいですねぇ」
 実際は母が避けてくれてるのだけれど、今はどうでもいい。“思い出したくない”ことなので、早く切り上げたい。
「ならいいけど、大怪我に繋がりかねないな。病院には行ったか?」
「あ、それは大丈夫です。お母さんに連れていってもらいましたぁ」
 さりげなく仲がいいことをアピールする。実際、親子仲はいいのだから、間違ってはない。
「そっか。でも気を付けろよ」
 教師らしく注意し、これで終わりかと慈愛は油断した時――
「で、面談の話に戻るんだけど」
 予想もしない方向に、話は行った。
「近いうちに家庭訪問させてもらって――いいか?」
 返答に困って、無意識に、慈愛はリボンに触れる。
 リボンはお母さんの代わりに答えてくれたりは、しなかった。



 家に帰った。誰もいない家は異様に広く、威圧感さえ感じる。
お母さんはまだ仕事みたいだ。でもヘルパーさんがいないので、今日も帰宅するのだろう。先週がずっと出張だったから、今週は早めに帰宅するようにしているって言ってたっけ。
 先程の先生の話をどう伝えればいいのか途方に暮れる。着替えをする手も遅い。姿見で自分の体を眺めてみた。
 ――全身の至るところに、むしろ無い所を探すのが難しいほど、あらゆる箇所に傷がある。切り傷、打撲に火傷、まさに傷の見本市。慈愛の肌はまるで模様のように、当たり前に傷がある。
 この傷を見るたびに、何でなのかなあと不思議に思ってしまう。慈愛を痛め付ける母の顔は、憎しみに歪んだり痛め付ける快感に酔ったりしていない。ご飯を食べたり家事をしているときと同じく、まるで義務のように淡々としていた。傷があるのが当たり前で、でも“痛み”には慣れることは出来ず、慣れないために疑問に感じ てしまう。でも、それでも――ソレを理不尽に感じない程度には、慈愛は麻痺していた。
「あー……、」
 姿見で首の後ろを確認する。髪の毛で分かりづらいが、確かに五センチ程の真新しい切り傷が赤く自己主張していた。今は分かりにくくても、髪を結んだら見えてしまう。失敗だったなあと何処か他人事のように思った。一人でいる時は痛みも恐怖も、夢の中のように遠い出来事のように感じる。
 或いは、それは現状への諦めなのかもしれない。
「むむむ〜!」
 慈愛なりに気合いを入れ、部屋着に着替える。しかしそれで気力を使い果たして、そのままベッドに倒れこみ、眼を瞑った。ふわふわと緩い闇の中に意識が沈む。
 かていほうもん。
 葉月先生は、気付いているのだろうか。どちらとも取れる反応だった。慈愛が過剰に反応しているだけにも思えるし、気付いていてあえてとぼけてくれたようにも受け取れる。嫌だなあ、気付いて欲しくはないなあ…だって、もし気付いていたらきっとお母さんは、

「慈愛?」

「っ!!?」
 ガバッと飛び起き、反射で時計を確認する。八時半。


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