投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

多分、救いのない話。
【家族 その他小説】

多分、救いのない話。の最初へ 多分、救いのない話。 1 多分、救いのない話。 3 多分、救いのない話。の最後へ

多分、救いのない話。-1--2

 次の日の放課後、慈愛は母のスケジュールが取れないという旨を、担任である葉月真司<はづきしんじ>に伝えた。葉月先生は大学を卒業したばかりの新米教師だが、優しく頼りがいがあって着任早々人気教師になるという快挙を成し遂げている。甘いマスクをしていて、実は慈愛は秘かに憧れていたりしていた。
「そっか。まあ神栖のお母さんは忙しいもんな」
 母は学校でも有名人だ。慈愛は参観日に必ず出てくる(あれ誰のお母さん? 神栖さんの? 美人なお母さんだねテレビで見たことあるよ仕事ものすごくできるんでしょいいなあ)称賛と羨望の声が誇らしくて仕方ないくらいなので、『自慢の母』を先生に紹介できないのが少し淋しかったが、仕事だからしょうがない。
「神栖のお母さんは前回も来ていなかったよな」
「はいぃ……」
 妙に葉月の顔が険しい。何故だろう?
「先生な、一度神栖のお母さんに挨拶したいんだけど。出来るかぎり希望を聞くし、時間も融通効かせるけど、どうしても無理か?」
「えっとぉ、それは……」
 少し考えるが、可能ならば母も行くと答えるはずだ。
「すみません、無理ですー……」
「そっか」
 妙に気まずい沈黙になった。なんだろう、この空気……なにか、嫌な予感がする。
「神栖。ちょっといいか?」
 そう言われ、生活指導室に連れていかれた。真面目な慈愛には今まで縁のなかった場所で、そんなところに呼び出されてどうしても緊張してしまう。
「ああ、楽にしていいよ。叱るわけじゃないから」
 そう言われてもここにいる意味がわからない以上、緊張が解けるはずもない。母がくれたリボンをいじりながら、
「あの、何の用ですかぁ?」
 慈愛の問いに、葉月は目を逸らした。先程から感じていた嫌な予感が、ここにきて更に膨らむ。
「神栖。先生は絶対誰にも言わないから、正直に答えてくれないか?」
 嫌な予感。
「神栖」
 厭な予感。
「――ソレ、どうした?」

 ……えっと、多分これは一昨日お母さんが料理を教えてくれた時に“包丁の柄で背中を殴った"痣だと思うんだけど、あれ、先生はもしかしたら昨日のお勉強の時間に“三時間ほど椅子に縛られて出来た腕の痣”のことを言ってるのかな? それとも、先週“髪の毛を掴まれてお風呂場に沈められたときに出来た”禿げちゃ った部分かな? これはちょっとショックだったけど、でもお母さんは隠すためのリボンをくれて、私はそれがとっても嬉しくて――

「神栖?」
「あ、はいぃ。えっとですねぇ……何のことですか?」
 咄嗟にしては、うまくトボけられたと思う。しかし、
「その後ろの首の傷」
 先生は容赦しない。
 これは“私が悪いからお母さんは叱っただけ”で、ちょっと包丁で斬られただけの話だ。けどそれを言ったら何かが終わる気がして、誰にも言ったことはないこと。
 けど今、ソレに触れられている。それが――怖い、とても怖い。
 先生の目が怖い。先生は母に何を言うつもりなんだろう、そして母はそれにどう答えるんだろう。いずれにしても――母はきっと慈愛を“叱る”。嫌だ、叱られたくない、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い――
「これはですねぇ、三日前に階段で後向きに転んだ時の傷なのですー」
 こういう時は慈愛のスローテンポな性格が役に立つ。慈愛のドジなところは葉月もよく知っている。誤魔化せるはずだ。“お母さんがそう言ってた”のだから、間違いない、はずだ。
 葉月先生が慈愛を見ている。見つめている。その視線が怖い。でも、お母さんに叱られるのは、もっと怖い。


多分、救いのない話。の最初へ 多分、救いのない話。 1 多分、救いのない話。 3 多分、救いのない話。の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前