『異邦人』-24
「でも、髪は黒くない方が似合うと思うよ……」
光の台詞に大きく目を見開き、留衣は言葉を失う。
一見、脈絡のない事を話している様でいても光は確信めいた口調で先を続ける。
「やっと思い出せたんだ……だから、本当の君に戻ってくれないか?」
光の言葉に応える様に留衣の震える手がコンタクトを外し、白い両手がウイッグをゆっくりと外していく……光の目の前に現れる眩いばかりの金髪。
「信じてた……あたしのコト、きっと思い出してくれるって……」
そう告げて、静かに開いた瞳は淡いブルーの色彩を放っていた。
『俺の名前は光。君の名前は?』
『あたしの名前は……』
「おかえり……ルーン」
ルーンは立ち上がると勢いよく光の胸に飛込んだ。
「光!光ぅっ!……ひっく…ひっく……うああぁぁん!!」
涙で顔をグシャグシャにしてルーンは光にしがみついた。伝えたい事など何一つ言えず、溢れる想いは泣き声にしかならない。小刻みに震える小さな体を優しくしっかりと光は抱き締めていた。
「よく戻って来たね…」
しばらくして、やっと落ち着いたルーンに光は言った。
「あの日、目が覚めたら自分の部屋にいたの。あたし、どうしてここにいるの?光は?って聞いたら、すごく辛そうな顔をしてママが話してくれた。辛くて、辛くていっぱい泣いたの……。ママが言ったわ、そんなに辛いなら忘れちゃう?って……」
涙を拭いながらルーンは話す。
「会えない人の想い出を引きずって生きるのは辛いからって……光は、そう言ってくれたんだよね?でも、忘れたくなかった!なかった事になんかしたくない!だから、いっぱい勉強したの。自分の能力(ちから)をコントロールする術(すべ)も学んだわ。たとえ無駄かもしれなくても、もう一度光に会いたい……それだけが心の支えだったから……」
空白の時を埋めるかの様にルーンは話す。記憶を手放す事を頑に拒み、強い想い……それだけを糧として頑張って来たのだと。
「『光さんに会いたいの?』ある日、ママがそう言ったの。あたしが頷くと、ママは『もう戻って来れなくても会いたい?』って……」
ルーンは光の手をそっと握る。
「頷くあたしにママが言ってくれたの……『行きなさいルーン。後悔しない為に……貴方の思う通りに生きなさい』って……」
「そうだったのか……」
呟く様に光は答えた。待ち望んでいた再会に、光の中で止まっていた時間が、再びゆっくりと動き始めていく……
「だけど、それならどうしてすぐに教えてくれなかったんだ?今のルーンなら俺の記憶を戻すぐらい、出来たんじゃないのか?」
光の言葉にルーンは頷く。マグカップに入ったココアを少しだけ飲むと再び光の手を握った。
「多分、出来たと思う……だけど、する訳にはいかなかったの……」
「何故?」
「その答えを教えるわ。光、目をつぶって……」
言われるまま光が目を閉じると、目の前にぼんやりと顔が浮かんで来た。やがて輪郭がはっきりとして、それはレオナの顔になる。
「光さん……貴方がこれを見ているというコトは、ルーンは見事に課題をクリアしたんですね?けれど正直、こうして貴方と再び話しをする事になるとは思いませんでした。」
真っ直ぐに光を見つめる表情は、少しの間を開けて困惑の笑顔に変わった。
「いいえ、きっとどこかで期待していたのかもしれません。だって、わたしには貴方の記憶を完全に消すことができませんでしたから……。何故なら、母親である前に私も女ですもの……」
大きく溜息をついて、レオナは笑った。
「ルーンを貴方の元に送る際に私は一つの条件を出しました。それは、貴方自身がルーンの事を思い出す事。もし、それができたなら、あなたの好きな様にしなさいと……。これは一つの賭でした。あの娘がどれだけ貴方を想っているかは一緒にいてすぐにわかりましたが、わたしはあの娘の覚悟が知りたかったのです……」
どんなに光が問い詰めてもルーンが真実を告げられなかった理由……。それは母親との約束だった。