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『異邦人』
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『異邦人』-23

ジャリ…ジャリ……

静かな足音が聞こえて、留衣は音のする方へ虚ろな眼差しを向ける。地面しか映らない自分の視界に見えたのは、見覚えのあるスニーカー……

けれど、留衣は顔を上げる事が出来なかった。それは今、顔を上げて、またあの射竦める目が自分を見ていたら、とても立ち直れそうにないと思ったからである。

何しに来たの?
何を言うの?

でも、自分からは何も言えない。膝の上に置いた手を固く握り締めたまま、留衣は身体を震わせていた。

「俺は多分、君を知っているんだと思う……」

耳に響いたその言葉に留衣の瞳は見開かれ、地面を見ていた視線は、ゆっくりと上がっていった。
「まだ、はっきりと思い出せた訳じゃないけど、あれは夢なんかじゃない……そうなんだろ?」
「ひ……かる……」
胸が詰まって上手く喋れない留衣の想いが、頬を伝い零れ落ちていく……
光は真っ直ぐに留衣を見つめる。そして、静かに手を差し延べた。

「…一緒に帰ろう……」

そこで初めて光は笑顔を見せた。いつもと同じ、優しい眼差しで……

光を見ながら一旦は立ち上がりかけた留衣は、再び膝を抱えると激しく首を振った。その仕草に光は目を伏せて溜息を付く。そして持っていた傘を広げると留衣に手渡した。
「そうだな……君を傷つけた俺にこんなコト言う資格もないか……。じゃあ、せめてコイツだけでも持っててくれないか?風邪を引いて欲しくないから……」

傘を手渡すと光は背を向けて歩き出す。次第に遠ざかる後ろ姿に留衣はキツク目をつぶった。そして……

《行かないで!光!!》

光の頭に声が響いた。光は驚いた様に振り返り、留衣の元に駆け戻る。
「今のは君が?……」

『今、君が喋ったのか?』

(同じ台詞を俺は……)

ゆっくりと記憶の水底から真実が浮かび上がって行く……

光はゆっくりと留衣の前にしゃがみ込むと目線を合わせた。
「俺のコト、許してくれるのか?」
光がそう尋ねても、留衣は答えない。けれど、小さな両手を光に向けて伸ばしていく。それはまるで、幼子が抱っこを求める様な仕草だった。
「…ああ、おいで…」
優しく微笑み、壊れ物を扱う様に光は留衣を抱きかかえるとアパートへ歩き出して行く。


部屋の前に着き、留衣を降ろすとノブに手をかけてひと呼吸おいて光は扉を開けた。

『お帰りなさい、光!』

光を記憶の残像が出迎え、小さく笑って光は応える。
「ただいま……」
誰もいない部屋に挨拶する光……そして、洗面所の前を通りすぎかけて光は振り返った。

『えへへ、歯ブラシお揃いだね♪』

記憶の中の少女は楽し気に話しかけてくる。
部屋の中に座った留衣の身体に毛布を掛けると光は台所に歩いて行き、しばらくするとトレイにココアを乗せて戻ってきた。そして部屋の床に腰を降ろし、小さく溜息をつくと留衣に向かって光は言った。
「留衣ってコンタクトしてるのか?」
「え?う、うん。」
突然の質問に戸惑いながらも留衣は頷く。光は大きく深呼吸すると、ゆっくりと静かに言った。


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