『異邦人』-22
今、霞む程の煙りで部屋は満たされている。煙草に火を付ける、気付けば根元まで燃え尽き、また新しい煙草に火を付ける。実際には幾度か吸っただけで、後はただこの動作を延々と光は繰り返していた。
どれほどこの動作を続けた事だろう……耳に響く不規則な音に光は気怠く首を窓の方に動かす。
「雨……か。」
自分の声すら今は耳障りに聞こえる。窓を叩く憂鬱な音色に眉をしかめ、再び光は押し黙った。
時折、行き交う車の音……歩道を歩く靴音さえ静かな部屋には、はっきりと聞こえて来る。けれど、未だに階段を昇る足音だけは聞こえて来ない。次第に雨足は強まっていく……
足音は聞こえない……
「あのバカ!!何やってんだよ!!」
光は上着を引っ掛け、傘を握ると部屋を飛び出して行った。
光は留衣の行きそうな場所を片っ端から捜す。けれど、どこにもその姿を見つける事は出来なかった。冬の雨が容赦なく体温を奪い去っていき、光の表情には焦りの色が濃くなっていく。
「ヒック……ヒック…」
耳に微かな啜り泣きが聞こえて光の足は止まる。薄暗い路地、ふと辺りを見回して思わず光は呟いた。
「ここは……」
見覚えのある風景……
もちろん通学路なのだから当然である。けれど、見覚えがある……何度も何度も見た風景。そう、夢の中で……
ゆっくりと光は歩を進める。近付くにつれて啜り泣きに混じる囁きが聞こえた。
「ママ……もう無理だよ……言わないでいるなんて…出来ないよ……」
(ママ?一体何を言ってるんだ?)
足音を忍ばせ、更に光は留衣に近付いて行った。
「ママ……光に…嫌われちゃった……もう名前も呼んでもらえない……どうしよう……あたし、嫌われちゃったよ……」
留衣は膝を抱えて泣いている。その場所は夢で見た少女が蹲っていた場所……
光の記憶の中でシルエットと留衣が重なっていく。
(俺は彼女を知っているのか?)
けれど、何かが違う……。微妙な違和感が光を包む。
…………サァー…………
光の耳に雨音が響いた。
それは、ゆっくりと光の記憶を過去へと誘(いざな)う……
そぼ降る雨の中、寒そうに自分の体を抱き締めて少女が座っていた。
(外人なのか?)
そう、外人かと思ったんだ俺は。でも、どうして?光の頭の中でめまぐるしく記憶が交錯する。
(そうだ!目の色だ!)
あの時、光を見つめていた淡いブルーの瞳……
……オレハ…カノジョヲ…シッテイル……
『光……』
記憶の中の少女は不安げに光の名前を呼ぶ……
『光っ♪』
弾む様な声で微笑みながら少女は光を呼ぶ……
『光!!』
目に涙を溜めて怒った顔で光の名前を呼ぶ……
(君は一体誰なんだ!)
『……幸せになってね光……』
記憶の奥底から蘇った懐かしい声に、雷に打たれたみたいに光は仰け反った。
(美…幸?……そうか、夢なんかじゃなかったんだな……)