『異邦人』-2
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「ここ……どこなんだろ?」
あたしは今、自分が置かれてる状況を理解しようと頑張っていた。
「えーと、朝起きて、ご飯食べて、それから……思い出した!友達のリュイちゃんと遊びに行って……んーと……」
段々と襲って来る不安を振り払う様に、あたしは考え込んでいた。
「森に行ったのよ。うん、そこまでは間違いないわ……で、新しい洞窟を見つけたって、リュイちゃんが言って……探検しようかって………後は、わかんないや……」
記憶はそこで途切れている。そして気付いたら、ここにいた。
「それにしても……変なトコよね……」
あたしはそんなコトを考えていた。見たこともない車が走ってて、変な建物が並んでる。書いてある字は、さっぱり読めないし……
それに何!?歩いている人がみんな変なんだもん!髪は真っ黒だし、肌は黄色いし、目なんて茶色よ?信じられる?とにかく頑張って帰らなくちゃ……
とは言ったものの、思った通り言葉は通じないし、手掛りもない……
見知らぬ場所で、あたしは独りぼっちなんだという事を嫌と言う程、思い知らされた。
「パパもママも心配してるだろうなぁ……帰りたいよぅ……」
散々、歩いたせいで足が痛む……。サンダルを脱いで素足で歩いていたら、変な人(みんな変なんだけど)が話しかけてきた。上下とも紺色の服を着て、変な帽子を被ってる。やっぱり言ってる事はわかんなかった。
「ん?」
ヒクヒクと、あたしの鼻が動いた。微かに漂う火薬の匂い……
この人、武器を持ってるわ!ヤバい!逃げなくちゃ!!無我夢中で走った。どこをどう走ったのかわからないけど、気がつくと細い路地にあたしは立っていた。いつの間にか雨が降り出していて、手にしていた筈のサンダルは無くなっている。
足が痛い……もう歩けない。少し出っ張った屋根みたいなところに、あたしは蹲った。
雨に濡れ、段々と体が冷えていく……
両手で自分の体を抱き締めてみる。あたしは確かにここにいる………だけど、あたしを知ってる人はここにはいない……
涙が溢れ、景色が滲(にじ)んでいた。
どのくらい、こうしていたんだろう……誰かが、あたしを呼んだ。顔を上げて見ると、この国の住人が声をかけてきていた。言ってる事はわかんないんだけど、あたしの事を心配しているみたいだった。その人は持っていた傘をあたしに渡し、立ち去ろうとする。
(待って!あたしを独りにしないで!)
そう言おうとしたんだけど、寒さで震える唇は固まったままで言葉にならなかった。
はぁ……お腹減ったなぁ……
すると、どうしたんだろう?立ち去ろうとしたその人は驚いた顔をして、あたしを見つめてきた。まさか、気持ちが通じたの?……でも、しばらくあたしを見つめた後、その人は背を向けて歩き出そうとする。
(お願い行かないで!さっきの事が偶然じゃないのなら、伝わって!!寒いの!怖いの!お腹減ったの!)
あたしは、ありったけの力を込めて念じた。
お腹減ったよぅ……
祈る様な思いで、あたしは見つめた。そうしたら、その人は振り返り、また話しかけてきてくれた。でも、言葉が通じないってわかったのか、あたしに向かってジェスチャーをする。お腹を摩り、うなだれた様な仕草……その意味は、はっきりとわかった。この人は聞いているんだ『お腹減ってるの?』って……
嬉しかった、涙が溢れそうになった、初めて思いが通じたんだ!!あたしは勢いよく頷いた……つもりだったけど、冷えきった体は上手く動かず、辛うじて顔を縦に動かせただけだった。でも、その人には伝わったみたい……。なぜって、にっこり笑いかけてくれたんだもん!黒い髪も黄色い肌も茶色の瞳も、もう気にならなかった。独りじゃないってわかったから……
その人は、優しく手招きをしてくれた。あたしは力を振り絞って立ち上がったんだけど、そのままよろけてしまい……結果、抱きついてしまう。その人は、あたしが裸足なのに気付き驚いた顔をしていた。
違うの!さっきまでは履いていたのよ?でも、無くしちゃって……
彼は(うん!もう、彼って呼ぶ事に決めた!)何か喋った後、顎に指を当てて考える様な仕草をした後、突然あたしを抱きかかえて走り出した。
恥ずかしいよ、お姫様抱っこなんて……
でも、見上げた彼の顔は心なしか微笑んでいるみたい。
それが彼とあたしの初めての出会いだった。