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『異邦人』
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『異邦人』-15

これがパーティー会場でなら当たり前の光景であっても、住宅地のアパートの玄関先では異質としか言い様がなかった。
「な、なんなんですか、貴方達は……」

思わず光の言葉は力を失い、腰砕けになる。女性の方が何かを伺う様に男を見ると、男性は小さく頷いた。女性は光の方に向き直り、スッと手を伸ばす。顎先に指が触れると同時に素早い動きで光と唇を重ねた。

「な!?……」
光はたじろぎ唇を拭う。そんな様子を見ながら、女性は初めて口を開いた。
「緊急事態でしたので、承諾も得ずにすみません。光…さん……ですよね?」
彼女はどうやら自分の事を知っているらしい……が、光の方は心当たりがなかった。
「ここに……」
涼やかな声で話しながら、その女性はサングラスを外す。光を見つめるエメラルド色の瞳……緩やかな仕草で帽子を脱ぐと、眩いばかりの金髪がさらさらと流れた。
「私の娘……ルーンが……」
言葉を最後まで聞く事も、疑う事も必要ない。ルーンと同じくとがった耳、そして輝く金髪……光は扉を開け放つと叫んだ。
「彼女が大変なんです!早く!早く中へ!!」
部屋の中へ駆け出す光に続いて、二人は室内に入った。


「ルーンが……ルーンが!!」
ベッドの脇で取り乱す光をよそに、彼女はルーンの顔を覗き込むと小さく息を飲み、そっと額を撫でた。
「ああ……ルーン……辛かったでしょうに……あなた……早く!」
彼女に言われ、傍らの男性は頷くと上着の内ポケットから小瓶を取り出した。栓を外し、中身をそっとルーンの口へと流し込んで行く。

その効果は劇的だった。見る見る内に呼吸は穏やかになり、顔に赤みがさしてゆく。それを見て安堵の表情を浮かべ、光はヘナヘナと崩れ落ちる様に座り込んでしまった。
「光さん……もう大丈夫です。貴方にも迷惑かけましたね……」
「彼女は……いえ、貴方達は一体……。それに、なんで俺の名前を知ってるんですか?」

落ち着きを取り戻した光は矢つぎ早に質問を浴びせる。彼女は困惑した様な笑顔で光を見た。
「そんなに焦らないで下さい。一つ一つ、お答えしますから……」
彼女はルーンの方を見ると軽く溜め息をついて視線を戻す。
「座ってもよろしいですか?」
「あ、すみません。気が付かなくて……」
光は部屋の隅から座布団を出して二人に勧めた。二人はそれに座るとテーブルを挟んで光と向き合う。

「改めてご挨拶させて頂きます。私はルーンの母でレオナと言い、こっちは夫のギースと言います。」
彼女の台詞に合わす様に男、ギースは軽く会釈した。光も慌てて頭を下げる。
「まず、多分一番疑問に思っている事……そう、光さんが考えている通り私達はこの世界の人間ではありません……」

最初から疑問に思っていた事をあっさりと肯定される……。自分の目の前にいるのは人間ではないのだと。しかし、これほど流暢に日本語を使っているのを見ると、たちの悪い冗談としか光には思えなかった。
「異世界、異次元……うまく言えませんが、この世界とは違う形態の世界なのです。大きな違いは精神力……意思の力を具現化する事……」
「意思の…力を……具現化?」
「そう……先程、貴方と唇を重ねましたが、あれは『口伝(くでん)の法』と言って他民族と直接会話する為の手段なのです。」

(成程、だから突然ルーンと会話できる様になったのか……いや、まてよ?その前に、いつルーンとキスしたんだ?)
光は首をひねって考えていた。
「で、でもルーン自身、理由が分からなかったみたいですけど……」
「ええ、本来はちゃんと修行して初めて教わる事なのですから知らなかったのでしょうね……。もっとも、この行為が愛情表現の一つであるのは私達の世界でも同じなんですよ?……」
そう言って彼女は微笑んだ。側で眠るルーンの髪を撫でながら、深い溜息をつく。
「正直、驚きを隠せません……。勉強嫌いで遊んでばっかりのこの子が、貴方の事を考え、貴方の為にできる事を強く想って……。祈りにも似た強い想いが、行方のわからなかったこの子の元へ……光という名の貴方の元へ私達を導いてくれたのですから……」

我が子の成長を、驚きながらも喜んでいる………しかし、なぜかその笑顔はどこか淋しげであった。
「けれど……なぜ、こんな事に?彼女がこの世界に来た事もそうですが、突然具合が悪くなったのは?」

徐々に明かされて行く数々の疑問、彼女の笑顔にどこか軽い違和感を感じながらも光は質問をした。終始、穏やかな口調のまま彼女の説明は続く。
「私達の世界は精神が強く影響します。その為に時々、空間に歪みが生じてしまうのです。ですから、ルーンは多分その歪みに巻き込まれてしまったのでしょう。そして精神力とは、すなわち生命力……。多用してしまった為に衰弱してしまったのです。」
「彼女は……ルーンは大丈夫なんですか?」


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