海中の星々-1
多くの光り輝く計器の数々、そして操縦桿にラダー…
憧れていた世界。眼下に小さく見える景色。
茶色のツナギに、白いマフラー。
それが僕の夢だった。
そして今、僕は人がやっと入ることが出来る小さな空間にいる。
数々の小さな計器に彩られたその空間。
だが、この空間からは眼下に見える町並みはおろか、窓一つなかった。
僕は今、死ぬ時をその小さな空間で待っているのだ。
人間魚雷回天
僕の棺桶の名前だ。
『轟沈』とかかれたハチマキに汗が滲む。そう、あの日もこんな蒸し暑い夏の日だった。
昭和19年夏、予科練に入隊した僕は座学も一段落つき、やっとの思いで九三式中間練習機、通称、赤とんぼでの周回飛行訓練に入ったとこだった。
その頃には、いよいよ戦局芳しくなくマリアナ沖であ号作戦は惨敗、大鳳を始めとする空母及び海軍の航空戦力は壊滅的打撃をうけ、徴兵猶予もなくなった我々学生も陸海軍に予備士官として入隊したのだ。
物資はいよいよ底をつきはじめ、内地外地を問わず代用品が行き交う中、陸海軍の一部過激派士官から、戦局の挽回を計るべく自らの身を弾丸とする一発必中の特殊兵器が生まれるのも当然の流れだったのだろう。
僕らがいた霞ヶ浦にも、志願兵募集の話が舞い込んできたのだった。
『志願兵募集!一撃轟沈の特殊兵器搭乗員』
僕は、その貼紙に飛び付くように志願した。もともと、艦爆乗りに憧れていた僕は、一撃轟沈の特殊兵器を新型の爆撃機か何かだと思っていたのだった。
まさか、それが魚雷を改造しただけの小さな潜水艦だったとは…
僕にとって、同じ死だとしても鹿屋や知覧から飛び立っ仲間が羨ましかった。
『一号艇、発進準備よいか』
艦長の声が、伝声管を伝わり艇内に響く。
「一号艇、発進準備よし」
『よし、山西上飛曹。最期に何か言い残す事はないか』
「伊52潜の皆様、今までありがとうございました。皆様は、ぜひ日本に帰って下さい」
『すまん…一号艇発進』
「万歳!」
ガクンと背もたれに倒れる衝撃。快調なエンジンとともに、回天は躍動する。
敵は単独航行中の大型駆逐艦。
直進、5分。
浮上、索敵、方位修正。
瀬戸内海での訓練を思い出す。それだけではない。霞ヶ浦で初めて赤とんぼにのったとき、遠くに見えた筑波山。
すべてが走馬灯のように蘇った。
脇に置いた懐中時計は、コチコチという規則正しい音をたて僕の残りの人生を告げる。
そろそろ5分。
僕はベントを開く。
ゴボゴボゴボ…
気泡の抜ける音とともにふわりと軽くなる回天。僕は、静かに潜望鏡をあげる。
「敵大型駆逐艦。速力17ノット」
機会的に計算する頭とは裏腹に、僕は満天の夜空に満ちる星々に目を奪われた。
窓もない海中から見た夜空。僕はきっと忘れないだろう。パイロットになるのが夢だった僕にとって、神様がくれたほんのささやかなプレゼント…
回天は、なおも敵大型駆逐艦に向け走り続ける。
完