鈴の音-1
チリンチリン…
私の手の中で響く鈴の音(ね)、これは大切な人にもらった鈴…その人はもう覚えてないかもしれない。だって、あまりにも小さな、当たり前すぎる日常の出来事だから…
私はきっとおかしい…叶わぬ恋…でも諦めきれない。そんな恋をしている私…やっぱり、きっとどこかがおかしいんだ。
「鈴(りん)、俺ちょっと出掛けるから」
リビングにひょこっと顔を出した兄、増島尚(ますじまひさし)が言った。
「え?どこ行くの?」
「写真、取ってくんの忘れてた」
「うん、行ってらっしゃーい」
私、笑顔で見送る。
いつも思う。上手く妹を出来てるだろうか…
そう、私は兄が…お兄ちゃんがずっと好きなのだ。
今月から高校生になった私、2つ上のお兄ちゃんと同じ学校に行きたかった。けど…お兄ちゃんが女友達といるだけで私の心が曇っていく…
きっと耐えられない。だから違う学校を選んだ。
―また彼女が出来たのかな…?
ズキッ
―やだもう…お兄ちゃんの事ばっかり…
高校三年になったお兄ちゃん、最近、やけに楽しそう。私はそれが気になって曇り気味…
―…やっぱりお兄ちゃんと同じ高校にすれば良かったかな…?
私、パチパチとテレビのチャンネルを切り替えた。目にはテレビの光がチカチカ写るのに、頭の中はお兄ちゃんの姿が映る。
お兄ちゃんの大きな手
お兄ちゃんの大きな背中
お兄ちゃんのサラサラの髪
お兄ちゃんのちょっと意地悪な笑顔
お兄ちゃんの優しい目
お兄ちゃんの…
チリン…
私はポケットから鈴を出した。
―……何でお兄ちゃんなんだろう…
お兄ちゃんじゃなかったら、好きになったってちっともおかしくない。だけど、お兄ちゃんじゃなかったら…出会っていないかもしれない…
チリン…
それは家族で行った夏祭り、お兄ちゃんがくじ引きで当てた赤い鈴…
『なんだよこれー、いらねーから鈴にやるよ。うるせー所が似てるし』
そう言って手渡されたその鈴は、その日から私の宝物になった。
―…お兄ちゃん…
私の頭にお兄ちゃんの笑顔が浮かぶ。
意地悪くニヤリと笑う。だけど、優しい目をしてるから、いつも許してしまう。
「ただいまー」
!!
ドキッー
―びっ、びっくりしたー
私、慌てて呼吸を整えて鈴をポケットへ押し込んだ。
「…おかえりー」
震えそうになる声を押し殺して言ったけど、テレビのリモコンを握る手は震えてる。
「お前、何そんな面白くねーの見てんだよ」
お兄ちゃん、私の隣に腰をおろすと、震える私の手からリモコンを取り上げた。
―ひゃっ…
お兄ちゃんのあったかい手がちょこんと触れる…
私はドキドキしてるのを悟られないようにお兄ちゃんが持っていた写真を取り上げた。
「…何の写真?…」
赤い顔を隠すため、うつむいて写真を見た。
―…え?…
見なければ良かった…だって、そこにはお兄ちゃんの隣で笑う女の人が…
「く…クラスの人…?…」
くらくらして吐き気がする。
―彼女なの…?
「ん?…あ〜タケ子?」
ズキッ
「へー…タケ子さん…きれい…だね…」
「だろ?」
ズキッ
「ちょっと変わってるけど、かなり面白い奴だよ」
お兄ちゃんの顔をチラリと見た。
―…あ……
お兄ちゃんは今までにないほどスッキリした爽やかな笑顔だ。
―…やだ…
耐えられない。
チリンチリン…
立ち上がった私のポケットから鈴が転がり落ちた。
―あ…
私、慌て拾い上げようとした…が、いち早くお兄ちゃんが拾った。