君の羽根が軽すぎて―ソウヤ編―-2
いきなりドアが開き、中の物体が僕に飛びついてくる。
言わずもがな知れている。リコだ、リコだけど…。
「…リコ!」
荒々しい呼吸を繰り返して、胸の奥底の魂がバクバクと揺れている。
体は熱く、全身が紅潮していた。
「とりあえず…!」
中に入って、リコを横にして寝かせてあげようと考えていた。
「……まっ…て……!」
一定の呼吸リズムを整えて、リコが言った。
今すぐにでも介抱してあげたかったけど、その一言を聞いたら、なんだか動けなくて、ずっとリコを抱きしめているままの状態でいた。
荒々しかった呼吸も、次第に普通の呼吸になり、心拍も安定した動きになっていった。
そして───
「…だいじょぶ…」
体が溶けそうなくらいの熱は、どこかに吹き飛んでしまった。
何故…?
僕は今、部屋のベッドで横になっているリコ、言い方を変えれば、『羽根を付けたリコ』と話をしている。
「お恥ずかしいところを見せてしまいました…」
「さすがに焦ったよ、あの時ばかりはね。あんな熱なのに、急に抱きついてきたんだから」
実は最初から焦っていたんだけど、嘘をついてしまった。
リコは頬を桃色に染めて言う。
「宗弥が来たと思ったら、つい嬉しくなっちゃって…」
リコの言葉を聞き、顔が熱くなっていくのがわかった。
僕が返答に困り狼狽える様子を見て、口に手を添えくすくすと笑う彼女。
「そ、それよりさ、ここ、女の子らしくて可愛い部屋だね」
我ながら馬鹿だと思う。すぐに誤魔化す癖はどうにか直らないものか。
対してリコは
「…女の子ですよ」
と、少しばかり怒っている様子。
「え、あ……ごめん」
「ふふ…宗弥の方がもっと可愛いです」
" 可愛い " この言葉の意味を理解するのには、結構な時間が掛かった。
それに気づいて顔が爆発した時、仕舞われてた羽根が姿を現して、楽しそうに揺れていた。
「東に微笑 西に愛情 南に心臓 北に幻想」
「作り物でもいい 人形でもいい」
「右に秋桜 左に無花果 後に蒲公英 前に黒百合」
「竜巻鳴る度 崩れて 枯れる」
どこも狂いのない、やわらかい詩。
ロマネスクを感じるけど、リアリティも何気なく含まれている。
「…女郎花です、宗弥」
言い終わってから『リコ』は消えた。
「女郎花…」
「…おみなえ、し?」
首を捻る彼女は、リコ。
「詩に本当の意味って、あるのかな」
「?」
「あ、リコに聞いた訳じゃないよ。独り言だから気にしないで」
とりあえず、今日は一つだけ理解できた。
歌は共有されていないらしい。
表には表の要素、裏には裏の要素が存在する。ということなのだろうか。
「長居する訳にもいかないから、そろそろ帰るね」
できればこのままずっと、リコの側にいてあげたいのだけど、僕が側にいたら逆に悪化しちゃうんじゃないかと思って。
リコは対応せずに、ただひたすら黙りこくっている。
「……」
「明日、もしもリコが学校にこれなかったとしても、また来てあげる」
「…うん…」
「ごめんね」一言だけ言い放ち、リコの目元の滴を指で拭ってやり、静かに手を振りながら場を去った。