堕天使と殺人鬼--第13話---4
満足気に煙を吐き出した三木原が、再び口を開いた。
「えー、さっき言い忘れたんだけど、多分ほとんどの奴が持ってる携帯電話……これ、使えないからな。もし電話をかけても出るのは俺だし、メールも全部俺に届くから。ま、俺と話したいって言うなら話は別だけど……?」
いつの間にか一人称が?僕?から?俺?に変わっている――。遠くを見るような瞳でそう語りながら、三木原はもう一度煙草を加えると、更に続けた。
「あと、みんなも気になってると思うんだけど、電気と水道について話すな。えーっと、結論から言えば両者ともちゃんと使えます。……お前ら運がいいなあ? 普通のプログラムだと電気も水道も止められるんだぞ? 今回は……まあ、特別に――ね。」
一人称が変わったことで、三木原の口調が先程よりも荒々しくなって行くことに晴弥は不思議な気分を味わった。どうもこの、?三木原肇?と言う人物は読めない。穏やかになったり、不機嫌になったり――晴弥の中で三木原は始めの印象に比べてもうがたがたに崩れていた。
晴弥は俯いた。なんだかもう、身も心も疲れきってしまっていたのだ。精神的なものかも知れないが、とにかく疲れた。
そんな晴弥に気付いたのだろう――肩を、優しく叩かれた。親友の都月アキラ(男子九番)だ。
こんな状況にも拘わらず、アキラは晴弥に向かって力強く一度頷いてみせた。晴弥も答えつもりで頷いてみたが、思いの外弱々しい動きに自分でも呆れてしまった。
もう一度、アキラが晴弥の肩を叩いた。そして思ってもみない行動に出たのだった。
「すみませんけど、先生? 俺も質問いいですか?」
向こうで後ろの兵士たちと何やら言葉を交わしていた三木原が、アキラの声に反応して会話をやめる。
もう余計なことを喋るのも面倒なのだろうか。三木原は投げやりに頷いた。
アキラが一歩踏み出して、問い掛けた。
「さっきから自分のことを担任、担任って言ってますけど……本当の担任の、遠山先生はどうしたんですか?」
そこで晴弥ははっとした。自分の身を気遣うのに必死で、担任の遠山武紀先生のことをすっかり忘れていたのだった。ただ、思い出したことで晴弥に新たな絶望が襲い掛かるのは、必然であった。――遠山先生、二年時のクラス替えからA組の担任教師で、人望も厚く、生徒思いだった先生――これまでの経験から、そう言った人柄がこのプログラムにおいて何を意味するのか、晴弥は全く学ばなかったわけではない。考えるまでもないことだった。――恐らく、遠山先生だって……。
「遠山先生……? あー、はいはいはい。遠山先生ね。」
三木原は考え込むような仕草を見せた後、はっと思い出したような表情を浮かべて、何やらおもむろに胸ポケットに右手を差し込む。おもむろにそこを探り、やがて一枚の封筒を取り出した。なんの変哲もない至って平凡な茶色の封筒だ。
それで中身の紙を取り出すと、それを顔の前に掲げた。
「えー、『突然のことに皆さん驚いているかも知れませんが、皆さんが共和国のお役に立てることを、担任として大変誇りに思っております。辛いことも多いかも知れません。しかし、あなた方の活躍が今後共和国に大いに役立てられるのは、とても名誉なことだと思います。みんな、頑張ってな。他の先生たちと、応援しています。遠山武紀』――いやー、お前らいい担任持ったなあ?」
思わず晴弥は目を丸くした。そうせずにいられなかったのだ。――いったい、どう言うことだ……?
涙声で誰かが呟いた。
「うそ……遠山が、裏切った……?」
その声で、ひたすら俯いていた林道美月の肩が小さく震える。晴弥も例外ではなかった。
あんなに自分たちのことをよく考えていてくれた遠山先生が、裏切った。妙な現実感が溢れて来る。頭を抱え込みたい衝動に襲われるが、それに反して身体は全く動かなかった。ただ、頭の中はその何十倍もの速度で空回りしていた。――売られた。俺たちは売られたんだ。畜生、畜生、ちくしょう、ちくしょう……!
自分が更に奈落に落ちていくのを、静かに感じた。
【残り:三十六名】