ICHIZU…D-1
中体連大会まで残り3日。
野球部は榊の提案で、AB戦が組まれた。Aチームはレギュラー・クラス9人と3年の控え3人。Bチームは2、3年の控え13人の構成だ。
25人枠に選ばれたら即、大会に出場出来るわけでは無い。規約から試合へのベンチ入り数は15人。榊は練習試合で、最も調子の良い15人を選ぼうとしていた。
チーム監督にはAチームに榊。Bチームにはコーチの永井。先攻はBチームに。審判には試合に出ていない2年生が受け持った。
「お〜い、並べ。先発発表するぞ」
コーチの永井はメンバー表を片手に全員をベンチ前に整列させた。ベンチと言ってもグランドの両端を白線で囲んだだけで、日射しを遮るようなモノは無い。
永井は椅子に座ってメンバーを読み上げた。
「1番ライト澤田」
「エッ!私?」
佳代の驚いた声に永井はサングラス越しに下から睨む。
「返事は?」
佳代は咎められた子供のように姿勢を正すと“ハイッ!”と言う。永井は視線をメンバー表に戻した。
「2番ファースト仲谷…3番センター大森…4番…」
(先発はともかく1番なんて…)
次々と打順とポジションが発表される中、佳代はひとり戸惑っていた。
「8番ピッチャー川口直也…9番セカンド森尾。以上だ」
「コーチ、僕が先発ですか?青木さんじゃ…」
直也は永井に訊いた。彼はチームで言えば兄の信也、青木、上野に次ぐ4番手と自身思っていたからだ。
だが、永井は首を横に振ると、
「いや、オマエだよ…」
永井はそう言うと直也の肩をポンッと叩き、
「最初から飛ばせよ。後は青木がいるからな…」
永井の言葉に直也はニッコリ笑うとマウンドへ駆けて行き、キャッチャーの山下と投球練習を始めた。
野手もそれぞれのポジションでキャッチ・ボールを行う。佳代も控えの青木を相手に40メートルほど離れてキャッチ・ボールを繰り返す。藤野に教えられた矯正法が効いたのか、ヒジはすっかり良くなっていた。
「ボール・バック!」
山下の声がグランドに響く。野手達はキャッチ・ボールを止めてボールをベンチに向かって転がす。控えの選手達はそれを受け取りカゴにおさめた。
直也はセット・ポジションから左足を大きく踏み出すと、胸を反らせ、身体の軸を回転させると、その回転エネルギーをボールに込めるべく右腕を振った。
山下のミットから乾いた音が響く。山下はそのまま短いステップと小さな腕の振りでセカンドへ送球する。ボールは低い軌道でセカンド森尾のグローブに吸い込まれる。それを見ていたAチームの選手達から驚きの声が漏れた。
山下達也。彼はジュニア時代、佳代と同じチームで当時から肩の良さには定評だった。だが、中学になってからは出番が無く、強肩を見せる機会が無かった。