ICHIZU…D-3
「どこに投げさせてるんだ!山下」
「キャプテンも知ってるでしょう。アイツのコントロールが悪いの…」
山下はしごく当然とでも言いたげに答えた。
〈まったく…〉と言いながらユニフォームに付いた土を払うと、信也は再び打席で構える。その位置を再び見る山下。今度は少しベースから離れていた。
山下は外のスライダーを要求する。直也は頷いて投げた。が、少し内側に入ってしまった。
信也はバットを振り抜いた。しかし、ストレートにタイミングを合わせていたためか身体は開き、力がバットに伝わらない。ボールはセカンドとライトの間にふらふらと上がった。
セカンド森尾は追うのを諦めた。が、ライトの佳代は打球の落下点に向かってダッシュする。
(来たぁーっ!)
後10メートル。ボールは落下速度をあげて落ちてくる。
(くうっ!)
後、数メートルのところで、佳代はダイブするとグローブを目一杯伸ばした。
(グゥッ!)
着地と同時に詰まる息。舞い上がった土埃が佳代の身体に降り注ぐ。
佳代はグローブを見た。ボールが端っこに引っ掛っている。
「サワダーッ!こっちだ!」
ファーストの仲谷が叫ぶ。ランナーの羽生はてっきりヒットと思い、セカンド・ベースから必死に戻ろうとしていた。佳代はすぐに起き上がると、ファーストへ投げた。仲谷が手を伸ばしてボールを受けた時、羽生はまだ随分手前だった。ダブル・プレー成立だ。
ライトからベンチに戻る佳代に、皆が手を挙げて待っていた。今のプレイに対してハイ・タッチで出迎える。佳代は照れながら一人々にタッチして応える。その最高尾に直也が立っていた。
佳代が直也にタッチすると、
「ありがとよ…」
と呟いた。佳代は一瞬、心配気な顔を見せるが、次の瞬間、ニッと笑うと直也の背中を思い切り叩いた。不意打ちを喰らった直也は顔をしかめると、
「何すんだ!」
「アンタがそんな顔してどうするの!ピッチャーはお山の大将でなきゃ…弱気を見せちゃダメなんだよ!」
そう言ってベンチの奥に引っ込んだ。
「汗と埃でザラザラだぁ…」
独り言を言いながらタオルで顔を拭いていると、永井が声を掛けてきた。
「澤田!今のは良かったぞ」
「ありがとうございます!」
明るく笑って頭をペコリと下げる佳代。
慌ててベンチ前に出ると、手袋とヘルメットを着けバットを持つと、ネクスト・サークルへと駆けて行った。
Aチームのピッチャーは川口信也。直也の兄であり、青葉中学のエースだ。
ゆったりとしたフォームだが、右足が着地してから左腕の振りまでが速い。ボールもスピンの効いたキレのあるボールだ。コントロールも良い。
(何で兄弟でこんなに違うの)
佳代はネクスト・サークルで信也のボールに合わせて素振りをしながらそう思っていた。