ICHIZU…D-12
「…ダメだ」
その言葉に反論するように、佳代は語気を強める。
「ダメって…相手はレギュラーだよ。よく投げて…」
直也は佳代の言葉を遮ると、
「誰が相手なんか関係ない…」
直也は一点を見つめ、どこか思いつめた口調で続ける。
「気持ちが逃げてた…レギュラー相手に。オマエ達に随分尻を叩かれたけどな…」
そこまで言うと直也は再び黙ってしまった。笑おうとしているが、口元は震えていた。
佳代はその横顔を見つめると、手を伸ばした。直也の汗ばんだ髪の毛に佳代の掌が乗った。
「な、何だ?」
予想だにしない出来事に声をあげて驚く直也。佳代は微笑むと、髪の毛をクシャクシャに撫でた。
ー夜ー
「今日はさ、レギュラー相手に練習試合があって…」
母親の加奈と二人で夕食の準備をしながら、佳代は部活の出来事を話した。話したと言えば聞えは良いが、佳代が加奈に向かって勝手に喋っているだけなのだが。
「で、どうだったの?」
この日は珍しく加奈が問いかけた。
「全然ダメ!完敗だった」
佳代は答えながら手を振る。と、ここで思い出したように話題を変えた。
「そう言えばナオちゃんとユリちゃんが来てた!」
「わざわざ?」
佳代はニヤッと笑う。
「偶然みたいに言ってたけど、ありゃ違うね。キャプテンを見に来てたんだ」
「何で分かるの?」
「ナオちゃん自分で言ってたもん。キャプテンが好きだって」
母親はあまり関心が無いのか〈そう〉と言ってネギを刻み始める。
しばしの沈黙。
そしてまた佳代が喋る。
今度は笑顔は無い。
「私の場合は、ずーっと好きなのにムコウはちっとも振り向いてくれないよ…」
「何!佳代も好きな人いるの?」
この言葉には母親加奈も反応した。が、答えは以外なモノだった。
「んー、野球の神様」
娘の答えに肩を落とす加奈。が、次の瞬間、微笑むと一言。