ICHIZU…D-10
山崎は打球の行方を確認すると、ゆっくりと駆けだした。直也はガックリと片ヒザを着いて打球方向を眺めていた。
ライトから見ていた佳代は言葉を失っていた。いや、彼女だけでなくチーム全員が静まり返った。それほどの打球だった。
「湯田、直也の投球数はいくつだ?」
湯田はショックが抜けないのか、永井の問いかけに反応しない。
「湯田!」
「アッ、ハイッ!」
「直也の球数だ!」
怒鳴られて、ようやく我に還った湯田はスコア・ブックを丹念に調べる。
「54球です!」
永井はそばに座っていた青木に声を掛けた。
「青木、準備しろ」
青木は〈ウッス〉と言って立ち上がると、宇野を連れてキャッチ・ボールを始めた。
永井はタイムを取り、湯田を伝令役としてマウンドに向かわせる。一斉に内野手が直也の周りに集まった。
「いつまで呆けてる。さっさと起きろ」
山下は直也の腕を掴むと、無理矢理立たせようとする。直也の顔に生気が戻り山下を睨む。
「何すんだよ!」
山下の腕を振り払う直也。一方の山下は冷静な眼で直也を見つめ、
「まだ回は終わってねえんだ。呆ける前にやる事があるだろう」
「なにを…!」
「いい加減にしろ!!」
頭に血の昇った直也が山下に飛び掛らんとした時、湯田の怒号が飛んだ。
「ケンカなら後でやれ…今は試合中だ…」
怒号から一転、湯田の声は低くく静かだった。
「コーチからの伝令だ…直也」
「はい…」
「あと2人抑えろ。後は青木に任せるから」
直也は驚いた。てっきり替えられると思ったからだ。
「ハイッ!」
直也は笑顔で答える。さっきまで立っているのがやっとだった身体に力が戻る。
湯田が戻っていく。内野手達もマウンドから散っていく。プレイ再開だ。
5番はセカンド田村。直也はストレートを投げる。
狙っていた田村はバットで叩いた。が、ボールに押し戻され、セカンド・ライナーに終わった。
6番センター長谷見、7番サード田中には連続してヒットを打たれた。
(さすがにもう無理か…)
直也の気持ちが萎えそうになった時、またカン高い佳代の声が直也の耳に聞こえた。