結界対者・第二章-12
「ごめんなさい、怖い思いをさせたわね……」
「いえ、そんな……」
サオリさんが悪い訳じゃない、だから謝る事はない。
そう言いたいのに、言葉が喉の奥に引っ掛かったままなのは、おそらく本当の気持ちを、サオリさんが口にしてしまったから。
そのまま、お互いの言葉は止まり、沈黙。
つい先程までの居心地の良かった空間は、静けさの中に圧し潰される様な重さを帯て、俺に一抹の息苦しさを与え始める。
そしてサオリさんは、手元のコーヒーを口に含むと、その沈黙を解きほぐす様に再び静かに語り始めた。
「自分が対者として、力を自覚する様になるとね、忌者が結界に近付いた時に、それが感覚的に判る様になるの。
そしてその時、体は自動的に結界へと導かれ、そこで柊君は忌者の戦わなければならなくなる」
「……こちらの事情はオカマイナシって事ですか?」
決して、憎まれ口を叩くつもりは無いのだ。
ただ今は、そう素直に思わずにはいられないし、それを言葉にせずにはいられない。
だってそうだろ?
今のサオリさんの話によると、もし今突然敵が現れたなら、俺は今すぐにでも結界の前に呼ばれて、あんな化け物と命がけで戦わなければならないのだから。
「そうね…… そういう事になるわ」
目を伏せて、言葉を詰まらせる。
別に、この人が悪いわけではないのは十分解っているのだ。
しかし…… 俺は……
「でも柊君、これだけは解って」
「……?」
「これは、あなたにしか出来ない事なの。
他の誰にも出来ない…… だから……」
そう言うと、サオリさんは、その大きな黒い瞳をこちらに向けながら、何かを訴えかける様に黙りこんだ。
俺は、頷くことも答える事も出来ず、ただ視線を迷わせる。
それは、戸惑いを隠せない心を表す様に、足元を漂い……
そして、小さな店の中には、ただ間宮の微かな寝息だけが途切れる事なく響き続けた。
―6―
サオリさんの話は、その後も暫く続いたが、こちらの頭の中身は度重なる突拍子もない内容に既に麻痺しつつあって……
結局、無理矢理納得する様な形で話を終わらせて、俺はサオリさんの店「タイムベル」を後にした。
間宮はといえば、最後まで起きる気配も見せず、もしかしたら朝までこのままなのかと要らぬ心配をしてしまう程、気持ち良さそうに眠ったままだった。
そして、夜は更け、再び朝が訪れた。
俺はいつも通り、とは言ってもまだ、ここでの生活を始めて二日目だが、シャワーを浴びて制服に着替え、必要以上に慌ただしく部屋を出る。
そして、アパートの階段を降りながら、日常的な朝の感覚を無意識のうちに求めてしまっている自分に気が付いて、思わず立ち止まりボンヤリと空を見上げた。
良く晴れた空は、何処にでもある、それこそ日常の青色。
それに比べて、昨日俺が見たり聞いたりした全ては、なんと現実から離れ過ぎていることだろう……