飃の啼く…第5章-9
+++++++++
そのころ、とあるホテルの一室で、飃は服を着たまま横になっていた。ホテルに着くなり、大いびきをかいて眠りだしたのだ。
「本当にこいつが御方に盾つこうってんだから、可笑しいな…」
美貌の女狐は飃の上にまたがって、鋭くとがった短剣をかざしていた。
すると、ホテルの係員の制止を振り切って、やってくる足音があるではないか。
「ちいぃ、思ったより稼げなかったか…!」
しかし、時間は十分ある。この一突きでこいつらは終わりだ。
そして、一気に短剣を振り下ろした。
「な…!?」
男の身体を貫くはずの短剣が、手ごたえもなく、上着のしたの何かに吸い込まれる。そのまま、短剣を握った手の半分までもが吸い込まれてしまった。
「な・・・にぃ!?」
「―残念だったな。都の女狐。」
飃の目は、依然と同じ鋭さのまま、目の前の裏切り者を見据えていた。
「貴様…起きて…!」
「お前の腕は、己の腹に仕込んでおいた盾の中だ。」
飃は上着を脱ぎ捨てて、腹に巻いてあった盾と、そこに吸い込まれている女の腕ごと手に取った。
「きいぃ!」
吸い込まれまいとして、狐は激しく抵抗する。しかし、その腕は半分以上失われて居た。
そのとき、ドアが勢い良く開いた。
+++++++++
「さくら!」
返事もなしに、私は一歩踏み出した。今まさに、北斗に吸い込まれそうになっている自分の腕を、噛み切ろうともがいている狐に向かって。
しかし・・・
あと少しというところで、そいつは両腕を噛み千切り、煙と共に姿を消した。
「小癪な犬ども!次は絶対に殺してやるよ…!」
獲物を捕らえ損ねて壁に深々と突き刺さる九重と、この言葉を残して。
あとは、抵抗を失って闇の奥へと吸い込まれていく血まみれの腕と、残された二人の沈黙だけ…
「あの…」
それに、ドアの外に立つホテルの係員。
「まだあと4時間ありますけど。」
……じゃあせっかくだからと、私たちはそのまま部屋に居座った。なんとも…ラブホ的(ほかに形容する言葉が無いので仕方ない)だ。ピンクと紫の壁紙。玩具の自動販売機や、サイドテーブルのゴム。
そう、部屋に興味をそそられた振りをしていれば、少なくとも、ちょっとだけは沈黙が苦ではなくなる。