『本当の気持ち…』-1
「あによぉ…あたしが飲んじゃいけないっつーワケ?」
「そうじゃないけどさ……」
まただよ……
貴晃《たかあき》はウンザリとした顔で目の前の紗雪《さゆき》を見つめていた。二人は幼馴染みで、物心付く前から今に至るまでの、いわば腐れ縁である。歳も同じで学部こそ違うものの、同じ大学に通うといった念の入れようだった。
もっとも、紗雪は滑り止めで貴晃は本命だったのだが……
「紗雪…お前、飲み過ぎだって…もうやめろよ。」
「ふーんだ、これが飲まずにいられますかってのよ!!」
やれやれといった感じで貴晃は肩をすくめた。
紗雪の性格はわかっている。昔から何か嫌な事があると決まって呼び出してくるのだ。大方、男と別れたとかそんなとこなのだろう。正直、付き合わされるのはたまったものではないのだが、放っておく訳にもいかずに結局、貴晃は無し崩しに付き合ってしまう。
「彼氏と何かあったのか?」
ドン!とテーブルを叩き、待ってましたとばかりに紗雪の口が開く。
「そうなのよ!アイツったらさぁ!!聞いてくれる?」
それから延々と紗雪の話は続き、撃沈するまで貴晃は煙草を吸い続ける。次に紗雪が目を覚ましたのは、貴晃に背負われてもうすぐ自宅に着くところだった。
「貴ちゃん…ごめんね……」
ふいに背中越しに紗雪が呟く。幼馴染みなので、普段から紗雪は貴晃の事をそう呼んでいた。
「起きたのか?まぁいいさ、家でぐっすり寝ちまえよもうすぐ着くからさ。」
「うん…ありがと…」
こうして紗雪をおぶるのはいつ以来だろう……
貴晃は歩く道々そんな事を考えていた。背中に当たる胸の感触が嫌でも女を感じさせる……
自分は今、成熟した一人の女性を背負っているのだ。しかも自分に体を預け、無防備なままで……
そんな考えを見透かした様に突然話しかけられて、貴晃は思わず声が上擦ってしまった。
「貴ちゃん……何だかんだ言っても、いつも優しいんだね。あたし、貴ちゃんがいなかったら……」
「愚痴聞く相手がいなくて大変だろうな……」
言葉じりを引ったくる様に貴晃は喋った。しおらしく話すなんて紗雪らしくないと思ったからである。なにより酔っているからなのだろう、さっきから吐息混じりの声が耳と首筋に当たり、貴晃の気持ちをザワつかせていた。
「……バカ……」
少しの間をあけて二人は笑い合う……いつもそうだった。互いに相手を何と無く意識していながらも、核心に触れそうになると、どちらともなくはぐらかしてしまう……それは二人にとって、言わば暗黙のルールの様なものであった。
そう、この日までは……
「貴ちゃん、送ってくれてありがと。ね、少し上がってってよ。」
「こんな時間だぜ?おじさんもおばさんも寝てるだろ?悪いよ。」
「大丈夫、大丈夫……」
そう言いながら歩く紗雪は見事に千鳥足で、不安を感じた貴晃は、結局部屋まで紗雪の体を支えていく羽目になった。
「うーん……貴ちゃーん…お水ー…」
ベッドに横たわり、うわ言の様に言う紗雪に貴晃は、バッグから取り出したペットボトルのミネラルウォーターを渡す。
「ほらよ、どうせそんなこったろうと思って買っといたぜ。」
「飲ませて……貴ちゃん……」
ベッドの上で、しどけない姿のまま甘える紗雪に、とうとう貴晃は噴火した。
「いい加減にしろ!とっとと寝ちまえ!!」
貴晃の勢いに紗雪は一瞬ビクンと体を震わせて、やがてグスグスと鼻をすすり始める。
「そんなに怒らなくたっていいじゃない……」
こうなるともう貴晃の負けである。
(そうさ、酔っ払ってるだけなんだよな、コイツは……)
さっきの勢いもどこへやら……大きく溜め息を付き、紗雪を抱き抱えると口許にペットボトルを持っていった。
「悪かったよ。ほら飲みな……」
こっくりと頷くと紗雪は唇をすぼめ、小さく喉を鳴らして水を飲む……
「ありがと貴ちゃん…あーあ、貴ちゃんが彼氏だったら良かったのになぁ…」
「何言ってんだか、この酔っ払いは……」
下から見上げながら、紗雪は呟く様に言う。呆れた顔で貴晃は答えたが声音は優しかった。
「そうよ…酔ってるの……だって、こんな時じゃないと言えないもん。あたしね…ずっと前から貴ちゃん…ううん貴晃が好きだったの。でも、もし断られたら……今までみたいにいられなくなったら……それが怖くて……」
「……紗雪……」
一言、一言噛み締める様に紗雪の告白は続く。
「貴ちゃんを忘れる為に何人かと付き合ったわ……でもダメだった。今日もね、振られた相手に同じコト言われちゃった。『俺の中に誰を見てるんだ?』って。馬鹿だなぁ…あたし…」
紗雪の口から飛び出す意外な真実。思ってもみない言葉に貴晃は唖然としていた。