『本当の気持ち…』-3
「ん?ああ……何?」
重大な決意を要するのか真剣な表情で紗雪が見つめてくるので、思わず貴晃も体に力が入った。
「そんなに真剣な顔しないで。かえって言いづらいわ……」
「んなコト言われても……」
何を言おうとしているのだろう、いい加減に酔いも醒めてきている筈なのに、紗雪の顔は益々赤くなっている。
「キス……して欲しいの……」
「何だって?」
突然の台詞に思わず貴晃は聞き返してしまう。
「だから……莫迦(ばか)!何度も言わせないで……」
恥ずかしさを誤魔化す様に、紗雪は唇を重ねてくる。初めて触れた幼馴染みの唇は柔らかくて甘い香りがした。
「こんなときぐらい、リードしてよ……」
体を擦り寄せ、紗雪は囁く。甘える様に潤んだ瞳が見つめる……今まで見た事のない表情に、胸の高鳴りを貴晃は抑える事が出来なかった。
「お、俺……抑え切れなくなるぜ?まずいよ。」
しどろもどろになりながら貴晃は答える。なぜなら、ほんのりと紗雪の身体から漂う甘い香りに貴晃の躰は、しっかりと反応してしまったからである。
「なんで抑えるの?貴晃……」
小さく首を傾げて無邪気に紗雪は聞いてくる。
(男の生理がわかってないんだよな……)
「途中で止めるなんて器用な事、出来ねーんだからな?……あ!いや、その……」
勢いに任せて、つい本音を漏らしてしまい慌てて口篭(くちごも)る貴晃を見て、紗雪はくすくすと笑い出した。
「ふん!笑ってろよ。」
照れ隠しにそっぽを向いて、ベッドに横たわる貴晃の背中にそっと寄り添うと紗雪は耳元に口を寄せた。
「今日ね……誰もいないの……それと……大丈夫な日だから……でも、明かりは消してくれる?」
「つけたままじゃダメか?」
「貴晃のエッチ……」
再び二人は向き合い、ゆっくりと確かめ合う様に唇を重ねていく……。そのまま貴晃の手が優しく紗雪の服を脱がしていった。
そして朝、まどろみから目醒めた貴晃は、ぼんやりと隣りを見た。そこには微かに笑みを浮かべ、小さく寝息を立てている紗雪がいる。
ベッドから起き上がり煙草を咥え、火を付けると大きく吸い込み、煙を吐き出した。貴晃の頭の中には、何か釈然としない気持ちが渦巻いていた。
一つは、紗雪が処女だったということ……嬉しい誤算であったにせよ、どこか府に落ちない。もう一つは、あまりにも都合良く展開していったということ。
全て、偶然が重なっただけかもしれない……しかし、全てが仕組まれていたのだとしたら……
「貴晃…起きてたの?」
突然話しかけられて貴晃の思考はそこで中断した。
「ああ、おはよう紗雪」
ベッドサイドに腰かけていた貴晃が振り返ると、シーツを纏(まと)っただけの紗雪が微笑んでいた。
「なんか着ろよ……目のやり場に困るぜ。」
「ふふっ、貴晃になら見られても平気よ。ねぇ、それよりも……」
それだけ言うと紗雪は唇をすぼめた。貴晃は頷いて細い腰を引き寄せると、軽く触れる様に唇を合わせる。ゆっくり顔が離れると紗雪は、はにかんだ様な笑顔を見せた。
「これってさ、お泊まりしたカップルの朝の定番だよね。一度やってみたかったんだ……」』
「莫迦(ばか)……」
込み上げてくる愛しさに貴晃は、そっと華奢な身体を抱き締める。シーツが滑り落ち、素肌も露わに貴晃の肩に紗雪は顎を乗せた。肩越しに見せる紗雪の笑顔は、いつの間にか誰も見たことのない様な妖艶な笑みへと変わっていく。
貴晃にも聞こえない程の微かな声で紗雪は呟いた。
「やっと手に入れた…もう離さないんだから……」
END