結界対者 第一章-7
「あれぇ? イクト君、止まっちゃったよぉ?」
「おいおい、何のネタなのよ、これは?」
「いいから、ヤッちまおうぜ、とりあえず鼻は俺に潰させろ?」
こいつら、勝手な事を……
思わず、歯をくいしばる。
しかし、体は動かない。
今日のこの、息苦しいこの、こいつは一体何だ……
どうにもならない、俺の目の前に、奴らの拳がまとめて降り下ろされる。
畜生……
覚悟を決めた、その時!
胸の奥が音を立てて波を打ち、俺は……
何かが、足元から流れ出るのを感じた。
これ…… は?
空気の流れ、というよりは風?
風……
確かに、それは風! 風が不意に足元から吹き、勢いを増し渦を巻き、教室の中全てを駆け巡る!
「な…… なんだっ、これっ?」
「柊っ、てめぇ! 何をしやがったっ!」
訊かれたところで、俺に解る筈もなく、ただそこに風が在って、それが激しく、壁に貼られた掲示物を引き剥がし、無造作に置かれた紙の類を巻き込み、並べられた机や椅子を震わせ、教室中を巡って行く。
そして、それは更に激しさを増し……
驚愕し、震える、俺の前の三人の男達を飲みこんだ!
どう…… なるってんだ?
体は相変わらず動かない、ただ目の前で起こる全てを両目に映すしか術はない。
そんな俺の前で、三人が風に取り込まれ……
取り込まれた、その中で……
風に、裂かれて行く!
風の音で聞こえないものの、苦痛に歪む奴らの顔からは、おそらく断末魔の叫びが放たれている。
そして飛び散る、鮮血、鮮血、鮮血……
それは数秒か、数分だったか。
風は、その僅かな間に、三人の男を動かない塊に変えた。
教室の床一面が血で覆われ、何事も無かったかの様に風は消え……
俺はただ… 立ち尽くす。
解らない、判らない、分からない、わからない……
目の前の全てが、なにもかもが!
大体、どうしてこうなった?
あの風は何処から……
いや、俺だ!
だが、俺はちがう! やっていない、こんな酷い事……
見下ろせば、床はやはり血の海。
そして、三人は相変わらず塊。
とにかく、なんとかしなくては……
少しだけ正気を取り戻せた俺は、慌てて教室の出口へと向かう!
救急車か、警察か、とにかく助けを!
ようやく辿り着き、引き戸に手をかけようとした、その時!
引き戸は自ら…… いや、外側からの力で開き、そこには……
あの、屋上に居た、赤い瞳の女が立っていた。