結界対者 第一章-4
「おいおい、だからそんなに緊張するなって! わはははっ」
応えない俺に、山本が更に追い討ちをかける。
今決めた。
こいつは、バカ本と呼ぼう。
校舎の2階の端に、その教室はあった。
バカ本に連れられて入り口の引き戸を開けると、既に何か別の授業が始まろうとしていて、一足先に教壇に立っていた若い男の教員が、此方を見て目を丸くしている。
「よお! 吉田先生! すまんがチョッとよろしいかなっ?」
ふてぶてしく、バカ本。
すると、その吉田と呼ばれた教員は幾らか不本意そうに引き下がり、黒板近くの窓辺へと居場所を移す。
バカ本は此方へ背を向けてそのまま「ついてこい」と俺に言わんばかりに教壇へと上った。
「あー、悪いな。急ですまんが転校生の紹介だ!」
瞬時に教室が沸き返り、全ての視線が此方に集中する。
それまで机の上に目を向けていた者も、近くの席にいる相手と雑談に興じていた者も、一斉に、此方へ。
「本来は明日からだったんだがな? 早く此処に慣れたいという本人の希望を受けて、今日から授業に出る事を 俺 が 許可した!柊イクト君だ、みんな宜しくぅ!」
勢い良く、高らかに声を放つバカ本。
一応俺も「宜しくぅ」に合わせて、ペコリと頭を下げてみせる。
一瞬静まり返る教室。
しかし、それは本当に一瞬で、数秒後には激しいざわめきが教室を埋め尽した。
「ねぇ、なんで今の時期に転校してくんの? もしかして、ワケあり?」
「顔は悪く無いけどさ、なんか暗そう」
「おい、アイツだろ?一人暮らししてるって奴」
「早く慣れたいって…… なにヤル気見せちゃってるの? バカ?」
廊下側に座る女子達から、窓側に座る男子達から、真ん中辺で騒いでる頭の足りなそうな奴らから、様々な声が聞こえてくる。
まあ、十分予想していた反応だから、今更どう思う事もない。
俺は、この手の予想を立てるのが得意なのさ。
ちなみに、今だって、そいつは現在進行形だ。
ほら、一番後ろに座ってる、いかにも「悪」を気取った三人組。
奴らが、このクラスの中で最初に俺に話しかけて来るぜ。
おそらく、な。
―3―
そして放課後、俺の予想は見事に的中した。
さっさと支度を済ませて帰ろうと鞄を開く俺の机を、例の三人組が待ってましたとばかりに取り囲む。
しかし、当然の事だが、俺はこいつらに用事も無ければ興味もない。
「悪いけど、帰るから」
軽く言い置いて席を立つ、その拍子に正面に立つ一人と目が合う。
「あれ? 帰っちゃうのぉ? 残念だなぁ?」
ニヤニヤと笑う口元が斜めに歪み、その台詞とは正反対の敵意を匂わせる。
時代遅れのむさくるしい錆びた髪に、その数が示す意味を是非訊いてみたくなる両耳のピアス、ピアス、ピアス。
何処の学校にも、この手のジャンルの人間は何人かは居るのだろうが、目の前のこいつのセンスはおそらく、その中でも最悪だ。