結界対者 第一章-19
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公園の中程に立つ旋風桜が、暮れなずみの穏やかな風濤に揺れている。
それは、まるで何事も無かったかの様に、静かに優しげな葉音を立てながら……
その下、少し離れたこの場所で、間宮は気だるそうに体を起こし、そして「んっ」と息を込めながらフラリと立ち上がった。
先程の死闘など、まるで夢か幻であったかの様に、その髪も制服も全てが日常のまま……
ただ力無く光る赤い瞳だけが、酷く疲れているのであろう彼女を物語っていた。
「間宮…… 大丈夫なのか?」
「……判るでしょ? 時間を少し戻した、だから私もあなたも、戦う前のまんま」
背中の、スカートの土埃を両手で払いながら、間宮が続ける。
「でも、頭の中では、さっきの怪我を覚えてるから、全てが元通りって訳にはいかないのよ」
「あのさ…… 間宮、停めた時間を進ませたとこまでは解ったんだ。
だが、時間を戻したって事は、またあの化け物が…… いや、化け物も復活して、襲って来るんじゃないのか?」
問掛けに、此方に振り返り、そして
「それは、ない」
と言い切ると、再び体を背け、空を仰ぐ様に微かに上体を反らした。
「何故、言い切れるんだ?」
「今は忌者の存在を感じない。 だから、おそらく、あなたの攻撃で忌者は消滅した」
「消滅…… ?」
「一度存在が消え去ったものはね、例え時間を戻しても、決して元にはもどらないのよ」
間宮は、言いながら歩き始める。
俺は訳も解らずその後に続く。
そして、そうしながら、先程戦う直前まで、間宮に連れられながら、様々な事を聞かされたり教えられたりしていた事を思い出した。
まだ…… 何かあるってのか?
旋風桜の公園を後に、間宮は黙々と歩を進める。
公園前の車道を渡り、遊歩道を行き過ぎながら……
やがてそれは、ちょっとした坂道に変わり、曲がりくねりながら緩やかに登るその先には、薄明るく開けた夕映えの空とオレンジ色の街並みが覗いた。
「間宮、ここは?」
「そこに書いてあるでしょ? 見張らし台よ」
「クィ」と顎で指したその先には「神埼市みはらし広場」と書かれた木製の立て札が立てられていて、ご丁寧に「殺人上等」と悪ガキによる落書きがしたためられている。
まったく…… こっちは本当に死にかけたってのに。
思わず目を奪われ、そして苦笑い。
すると、その間に間宮は、更に「見張らし台」の奥へと進み、夕暮れに灯りをともしたジュースの自販機の前で立ち止まっていた。
もぞもぞと腰の辺りを探り、小銭入れらしきものを取り出す。
そしてコインを販売機に放り込むと、迷う仕草も見せずに缶コーヒーのボタンを二度押した。
「いつもね……」
背中を向けたまま、間宮が言葉を投げる。
「えっ?」
「いつも、忌者と戦った日は、ここに来るの」
「……?」
振り返り様に、言葉の次に投げたのは、コーヒーの缶。
驚きながら、それを受けとる俺に
「これは、さっきの分! 借りを作りっぱなしにするのは、わたしのスタイルじゃないの!」
と言い放つ。