VIVE MEMOR MORTIS-1
『視聴率確保と電波と見まちがい』
幽霊とか魂とか、そのたぐいの言葉の定義なんて、少し前までの僕にはそんなものだった。
神は死んだと誰かが嘆き、科学があの世を消してしまった現代社会。そんな当たり前すぎるぐらい当たり前のこと。
だけど今は。
「死後の世界ってさ、ホントにあるんだよ」
薄暗い部屋、それでも分かるほど青白い顔をした君は、力なく床に座りながらそう言った。
二度と会えないと思っていた君。ほんの少し見なかっただけなのに、どこも変わっていないのに、僕には何となく別の人に見えた。
きっと、君と僕、お互い今いる世界が違うせいだ。
泣かした側と泣いた側。残された者と残した者。
……生者と、死者。
沈みかけの夕日が中途半端に開いたカーテンから部屋に侵入してきて、君と僕の間に茜色の線を引く。
赤い色の線。血の色の境界線。
「……だってそうでしょ」
相も変わらずうつむいたまま、君はつぶやいた。
「だって……だって、あの事故は絶対に絶対にあったんだもの」
事故。
思い出すまでもなく覚えている。あの日あの時、君は僕のすぐ後ろを歩いて横断歩道を渡っていた。もちろん信号は青。絶対に青だった。間違える訳もない。
そう、間違いなく青だったのに……。
……。
……。
あの日の記憶をなぞっていたら、嫌な映像までオマケでついてきた。
ブレーキの音。
近づく鉄の固まり。
……。止めよう。
赤い世界。
どんどん冷えていく身体。
……。止めろ! これ以上は――!
「だから、ね。こうなんだよ、きっと」
君の声で急速に現実感が戻る。
ああ、確かにそうなんだろう。だからこそ今、こうしているんだろう。
だから、僕らは此岸と彼岸に分けられた。
「……」
見ているのが辛い。僕は君から視線をそらした。
久しぶりに訪れた君の部屋。変わっていない君の部屋。
……いつも綺麗だった床にはうっすら埃が積もり、たくさんあった花は萎れてしまっているけれど。
僕は君に視線を戻した。あの日と同じ服を着た君へ。
……なるほど。
僕はあれでよかったと思ってるけれど、君はそうじゃなかったみたいだ。
それでこの状況。
……まいったな。
掛ける言葉が見当たらないし、それに、ちゃんと届くかどうかも分からない。
ぽつっ、ぽつっと水の落ちる音がした。
僕は窓の外へ目をやったけど、残念ながらそこに雲は見当たらなかった。
やがて音に嗚咽が交じり始めたけれど、僕はそれを止める手段を知らなかった。
「ごめ……ね……ごめんね……」
何で君が謝るんだろうか。君は悪くはないはずなのに。
きっと本当に悪いのは、終わりを、別れを作った神とかいうやつだ。それはさんざん言い尽くされてきたことだけど。
君に触れようと差し出した手は、だけど宙をさまよって僕の横に戻ってきた。意気地なしの手。そうなったのは他でもない僕のせいだけど。
だから、僕はできることをする。
うつむく君の隣に座り、ふたりで同じ場所を見る。照れ屋だった僕らの、いつもの話し方。
この手は君に触れられないけれど。この声は届かないけれど。
「――」
静かに君の手に僕の手を重ね、思いを込めてその名を呼ぶ。
「一緒にいられなくてごめんね。でも、笑ってほしいな」
そのために僕は。
「君の泣き顔は好きじゃないんだ」
そっと君の肩を抱いた。もちろん見た目だけだけど。
「僕の分まで生きて、笑って、幸せになってね」
そのために、あの時僕は君を守ったのだから。それが何よりも重要だった。ただそれだけの、なんの変哲もない物語。
……どれくらいそうしていただろう。
自分の思いを言葉にしたからだろうか、僕という存在が段々ぼやけ始めてきたのが分かった。
きっと、これが最後のお別れだろう。
僕は立ち上がり、泣き止んだ君の真っ正面にしゃがんで、また抱き締めた。
「……ごめんね、大好きだったよ」
その時。
君と目が合った。
気のせいじゃない。君は驚いた顔で僕を見ていた。
「あ……あっ……」
言葉にならない言葉が君の口から漏れる。
悪者の神様は、最後まで意地悪だ。
……最後の最後に、こんな優しく残酷な奇跡を用意するなんて。
月光が世界を青く染め、自分がはっきりしなくなる中、神様に毒づきながら僕は。
ありったけの気持ちを込めて。
ゆっくり君と唇を重ねた。
僕らが交わした最後のキスは夜の魔法と月の魔力に包まれて、
――最高のキスになった。
そして消え行く意識の中
僕は
君の微笑
『――ありがとう』