[可愛い彼]-1
[ハイッ!カーット!!]
[お疲れ様でしたぁ]監督やADの声がスタジオに響きわたる。今、話題の映画のキスシーンを撮り終えた所だ。
一際目立つ彼、《嶋田ヒロ》は不敵な笑みをもらしながら、私《小山穂香(ほのか)》の方に向かって歩いてくる。
ヒロはうちの会社期待の俳優であり、私の彼である。(実は内緒で付き合い初めて1年。バレたら社長に殺されるよ…)
[お疲れ様でした。凄く良かったです!]と声をかけるとニカっと微笑み[あ,り,が,と★]と勝ち誇った顔をし、楽屋に向かう。“またか”と思いながらも、午後の予定を伝えなくては!!というマネージャー的な思いと、二人っきりになれるチャンス!?という彼女的な思いが入り混じりながら急いでヒロの後を追う。ドアを開けると、畳でゴロンと横になっている彼。普段もイジワルなのに、二人っきりになると更にイジワルになるヒロ。
[お疲れ様でした。一旦休憩をして頂き、午後3時カラ撮影開始です!よろしくお願いします‥]と業務を伝え終わると、しばしの沈黙。やっと話たと思ったら、
[ずいぶん余裕ぶってんじゃん] とニヤニヤしている。
[ほのちゃんはさぁ、嫌じゃねーの?俺が…他の女とチューすんの。] とイタズラっこの様な顔をしながら聞いてきた。[…毎回言いますけど、全然平気です!全く気にしてませんょ。]
[ムカつく!!本当はツライくせに〜]とか[昔は、俺がキスシーンしちゃお目目真っ赤にして泣いてくれたのになぁ。]とか私のマネージャーとしてはあるまじき恥ずかしい過去を“よくもまー覚えていますね”と言わんばかりに言いまくる。
…そう、彼は私を困らせては反応を楽しむという、Sっ気があるのだ。(そして、まんまと踊らされるMっ気の私‥。)
[それにしても、あの女優のテク、マジで感じちゃった★]と言い鼻歌混じりでお弁当を食べ始めた。
[!!!!]
“この一言はいくらイジラれ馴れている私でもキツイかも…。”
いつもならある、私の反応が無いので、お弁当から視線をを上げると、ヒロが箸を落とす。
[!?どーしたんだよ!?]
私は無意識に近い状態でポロポロと涙が出ていた。そして、今まで“キスシーンはお仕事なんだからショウガナイ!!”と自分に強く言い聞かせていた想いが、一気に溢れてしまい、涙が止められなくなってしまった。
[〜〜何だよ、いつもの冗談だろ!泣く事無いじゃん‥]と息をつく。
“早く泣きやまなきゃ、ヒロに呆れられてしまう”と思えば思う程、胸が苦しくなり、涙が止まらない。
[うっ‥ごめ‥んなさ‥]
居ても経ってもいられなくなり、楽屋を出ようとした瞬間、[!?]
私はヒロの腕の中にすっぽりと入っていた。
[ゴメン!冗談が過ぎた。ゴメン…。]
いつもイジワルな彼が本気で焦っている。………可愛い。
私の顔を覗き込む彼と目が合ったが、プイっと反らしてやった。横目だからハッキリ見えなかったけど、かなり堪えた様子。
すると、彼は
[俺、穂香が余裕無ぶってんの見るとムカつくってゆーか、何か焦るんだ。……それに、俺嬉しかったんだ、穂香がキスシーンの時泣いてくれてたの。何か“好かれてんな”って実感出来てさ]
嬉し涙で目の前がぼやける。
[…ヒロって意外とヤキモチ焼きだよね。そーゆー所好きカモ。]
[……“カモ”ってなんだよ]
顔は見えないけど、腕が熱い。
“普段、スナオになれない私だけど、今日は頑張ってみようかな”
[‥本当はね、ヒロが他の女(ヒト)とチューするの嫌だょ。だけど、お芝居しているヒロって凄くカッコイイんだよ。たまに“ヒロは私の彼でーす!”って叫びたくなっちゃう位(笑)でも普段のイジワルヒロ知ってるの私だけだし?ヒロが私の気持ち心配してくれてるの知れて凄く嬉しかったんだ。ありがと]
[!!‥らしくねーじゃん。でも可愛い…カモ(笑)]
[もぉ〜!!人がせっかく素直になってるのにぃ!!]
“ゴメン、ゴメン”と笑う彼。
[穂香]
ワントーン低めの優しいヒロの声。
[うん?]
顔を上げるとー
♪チュッ♪
[あっ‥]唇を手で押さえる。
[何?しちゃイケなかった?]
ブンブン首を振る私。これじゃ“もっとして”って催促してるみたいじゃん。
[ふふ、もっと気持ちいい事しよっか♪]と余裕な彼。
[ここで!?]
[そっ♪♪]
[ダメ〜〜〜!!]
“やっぱりヒロにはかなわない!” 完