溝-2
「僕だよ、僕。開けて」
きぃちゃんだ。
でも、こんな、涙でぐしゃぐしゃになった顔を、きぃちゃんに見せたくないよ…。
…何回も、見られてるけど。
…顔を洗うのも、今はだるいし。
…きぃちゃん、会いたいよ…。
「…また、泣いてるんだ」
……。
「どんなに汚れてたって、僕がちゃんとキレイにしてあげる」
…キレイになんて、ならないもの。
「温もりが欲しいなら、いつでもあげるから」
きぃちゃんはいつも、ドア越しでもわたしの全てを見透かしてくる。
ドアを開けた。
鞄を肩に背負う制服姿のきぃちゃんが立っていた。
「ああ、やっぱり泣いてたの?」
よしよし、と、きぃちゃんの温かい手が、わたしの小さな頭を擦る。
それだけで、悲しみが爆発する。
毎回毎回、頭を撫でられる度に泣いてしまう。
他の人には触れられたくないけど、きぃちゃんにはもっと触れられたい。
なのに、いざ触れられたら泣いちゃうんだよ。
本当は触れられたくない、頭を撫でてほしくないって、心の奥底のどこかにいるわたしが、考えているのかな?そうなのかな?
「…たぶんね、たぶんだよ?それは違うと思う」
なんで?
「人に触れられてもらえる嬉しさと、『わたしのせいできぃちゃんに迷惑をかけてる』って思考が、混ざってごちゃごちゃになって、それで泣いちゃうんだと思う」
……そう、なんだ。
…きぃちゃんはすごいね。
「でも、僕は一度も迷惑だと思ったことはないよ」
………。
「逆に、もっともっと好きになってしまいそうで、少しばかり怖いんだ」
顔を真っ赤にしながら、はたして照れ隠しなのか、あははと笑っているきぃちゃん。
…きぃちゃんは、絶対に笑顔を絶やさない人。
そこが、好きなんだ。
恐ろしいくらいに、大好き。
中に入るなり、きぃちゃんはさっきの壊れた時計を一瞥して、何も見なかったかのように、わたしに話しかけてきた。